漁業調査船“若鷹丸”について(1)

長谷川峯清


 東北区水産研究所所属漁業調査船“若鷹丸”(以下本船)は、平成5年度第2次補正予算で本船の前身である“わかたか丸”の代船として建造が認められ、平成6年2月15日に水産庁において入札の結果、三井造船株式会社が落札し、同年3月17日に岡山県玉野市の同社玉野艦船工場にて起工されました。その後、本庁の研究課、漁船課、船舶管理室等の代船建造関係者及び当水産研究所本所、支所の研究者並びに本船と、同社設計陣並びに建造担当者との綿密な打ち合わせのもとに建造が進められ、平成6年11月末からは本船乗組員一同が約4カ月にわたる艤装監督に赴き、工期わずか1年という短期間ではありましたが、予想以上の能力を有する立派な船が完成し、本年3月24日に同工場にて竣工、引き渡しを受けました。
 本船は、4月12日から5月23日までの間、のべ30日間にわたり塩釜港を基地に、実海域における漁撈試験(=船主海上試験)を実施し、本船に搭載・装備されている航海、機関、無線、甲板機械等全ての運航に関係する機器の作動確認、及び調査観測機器について、各メーカーから研究者に対する取り扱い説明・講習並びに洋上での作動確認を実施しました。6月10日からは本格的な調査航海を開始し、今年度は11次166日にわたる調査航海に従事する予定です。
 国連海洋法条約の批准に伴う漁獲可能量の決定の義務化の予定等、我が国の水産業をめぐる内外の情勢が著しく変化する中で、水産に関する調査研究において、地球環境研究や生態系研究をも含め、今後ますます調査船を利用した調査に対する期待が高まることが予想されます。このような状況の中で、21世紀にも通用する理想的な調査船が誕生したことは誠に喜ばしいことで、研究者諸氏とともに立派な調査船に仕立て上げていきたいと考えております。


 本稿では、本船の概要についての説明のみをさせて頂き、別稿において、本船の各担当者から、実際の運航に関係する詳細な報告と率直な意見を併せ掲載させて頂きます。

  1. 本船の特徴
     本船は最新の調査・観測技術及び造船技術の粋を結集し、21世紀においても、また世界的にも通用する調査船としての機能を確保するために、世界標準の調査・観測機器を採用するとともに、音響機器の精度向上のための振動・騒音の低減、コンピュータを用いた運航管理、船内LAN(Local Area Network)による調査・観測情報及び船内情報等の処理の高度化、並びに作業環境、居住環境の質の向上をそれぞれ図ることにより、世界のトップクラスの調査船として必要な調査・観測能力を備えております。
     また、調査・観測・漁撈設備を全て船尾甲板に配置するとともに、甲板部、機関部及び無線部が航海船橋の統合管制室において当直を行う、高度機能集約型船橋システム(IBS=Integrated Bridge System)を採用し、調査業務においても同管制室にて、作業甲板の死角を補填するための4台の監視カメラをモニターしながら、観測作業の安全を確認しつつ観測用・漁撈用各ウインチの遠隔操作を行うことができます。
     更に、航海、機関、無線、調査・観測、漁撈設備等を含めた機器・装置に対して大幅な省力化、自動化、機械化を図ることにより、このクラスのトン数の調査船のこれまでの通常定員の2/3の乗組員18名で運航するという、画期的な少人数稼働調査船として、今後建造される調査船のモデルシップを目指しております。

  2. 本船の機能
    1. 船体と基本性能
       本船の行動海域である日本の東北海域は、船舶の運航に対して周年にわたって気象・海象ともに厳しい海域です。このような海域において漁撈調査を含む観測業務を円滑に実施するためには、良好な耐候性、凌波性、復原性、操縦性、運動性能及び高い推進性能等が要求されます。
       本船は、長船首楼型二層甲板船型が採用され、船首・船尾バルブ、幅広のビルジキール、受動型減揺水槽、左右70度まで転舵可能のロータリーベーン式舵取装置、シリング舵が装備されるとともに、マスト・煙突・甲板室等上部構造物の軽合金化による軽量化が図られるなどによりこれらの諸要求が満足されております。
    2. 行動力の拡大
       調査海域の広域化と調査要求の多様化に対応した航海速力を確保し、将来、国際共同調査にも参加対応できるよう世界標準の調査観測機器を装備するとともに、国際満載喫水線表示、国際トン数測度等、運輸局の臨時検査を受検することにより容易に航行区域の変更ができるように準備されております。
       特に満載喫水線表示は、国際航海用と内航用を併用した形の切り抜き鉄板を溶接し、ペイント塗装で、臨時検査を受検することにより何時でも変更ができるように運輸局検査官の了解を得ています。
    3. 水中放射雑音の低減
       国連海洋法条約の批准に伴う漁獲可能量の決定の義務化が予定される近い将来において今後ますます重要となることが予想される音響利用調査の拡大を考慮して、船体及びプロペラから発生する水中放射雑音の低減化を図ることにより、音響調査機器の精度向上が図られております。
       すなわち、繰り返し実施された模型実験結果から得られたキャビテーションの発生を最小限に抑えた形状のプロペラの採用、船首部における泡の発生・混入を抑えた船首部構造の開発と採用、船底下に潜り込んだ気泡の影響を排除する構造のソナードーム形状の開発と採用、プロペラ起振力の低減化を図るための船殻構造の採用、主機関及び発電機関の防振対策と機関室内外の防振防音対策の施工等が行なわれております。
       造船所が行う海上公式試運転及び船主海上試験において実施した水中放射雑音計測の結果、本船の水中放射雑音のレベルは非常に低く、ディーゼル機関により推進力を得る船舶としては、世界のトップクラスの静かな船舶になっていることが明らかになりました。
    4. システム操船
       シリング舵(ロータリーベーン舵取装置による大舵角転舵が可能)、プロペラ及びバウスラスターの3つのアクチュエーターを併用して、コンピュータ制御によるジョイスティック手動操作または自動制御により下記の各制御ができるシステム操船を装備し、調査観測時の操船のみならず、出入港操船にも利用できるシステムを装備しています。
       システムは別記のモードを有し、必要に応じて使い分けをします。
    5. 保守整備・予備品管理システム
       機器の性能維持と保守、管理の合理化を図るために、保守整備、予備品管理システムを船内LANに組み込み、装備品、予備品及び消耗品についてバーコード方式により入出庫管理及び保管場所管理が行えるものとし、機関部のみならず、甲板部、事務部、研究機器にも利用できるように装備されている。
    6. 甲板機械の充実
       船の大型化に伴い、1つ1つの作業部品が大型になり、少人数での作業には機械化、自動化の導入が不可欠の要素の一つになっております。特に出入港作業においては、安全を確保しつつこのことを実現する必要があります。そのためには、ウインドラス、係船機、クレーン等の甲板機械を充実させ、遠隔操作を含め、容易に使用できる動力環境を樹立する必要があります。
       このことから本船では、出入港作業を少人数で大型の機械を動かして容易に行うことを考慮して、船首に左右分離型のワーピングエンド付きウインドラス1式に係船機両舷各1台を組み込むとともに、独立した係船機1台が装備されました。船尾にはキャプスタンとしても利用できるワーピングエンド付き係船機が両舷に1台ずつ装備されております。係船機は全てオートテンション機能付きです。
       また、機械は全て油圧駆動方式が採用され、船首油圧ポンプユニットと船尾油圧ポンプユニットの2系統(調査・観測用油圧系統は主機駆動方式が採用され、本系統とは別系統になっております。)に分離独立して装備されております。船首部と、船尾部とも各機械の機側操作の他に、左右いずれの舷側においても岸壁との接岸状況を確認しながら、ウインドラス及び各係船機を操作できる遠隔操作盤が装備されております。
       クレーンは2基装備され、主目的は観測用ですが、重量物の移動、積み込み、陸揚げにも利用します。操作盤は、安全を考慮して、作動中の視界が確保される位置に配置されております。中央CTD観測用クレーンは船尾油圧ポンプユニットを油圧源とし、船尾観測用クレーンは独立のポンプユニットが舵機室に配置装備され独立使用が可能になっております。この2基以外に、救助艇昇降専用の電動クレーンがあります。
       以上のように、全ての観測ウインチ及びトロールウインチが主機駆動の油圧ポンプユニットを使用しているのに対し、甲板機械の油圧源は独立したポンプユ ニットを装備使用することにより、停泊中でも主機を起動することなく使用が可能になっております。
       調査・観測環境、居住環境、IBS、TCS、船内LAN等については次号で紹介することとします。

  3. まとめ
     平成6年3月17日に起工され本年3月24日に竣工して、4〜5月にのべ30日間にわたる船主海上試験としての漁撈試験を実施した後、6月から本格的な調査活動に入りました。起工から竣工までわずか1年足らずで、かくも複雑で高性能の調査船が良くできたものだと、今更ながら感心している次第です。
     本船建造にあたり、水産庁研究課、漁船課、船舶管理室の事務官各位及び東北区水産研究所の研究者諸氏並びに三井造船株式会社、搭載機器各メーカーのご尽力に深甚なる謝意を表したいと思います。
     漁撈試験を通じて、本船に搭載されている全ての機器の作動確認を行う予定でしたが、天候等による制約もあり、残念ながら試験のできなかった機器がいくつかございます。それらは、今後の調査の際に順次試験を兼ねて実際にデータを収集していきたいと考えています。その主なものは、計量魚探、自航式自動水中ビデオシステム、ゴーフロー採水器、自動曳網漁法用表示装置、バイオテレメトリーシステム、ポンプ式幼稚仔プランクトン採集装置、マルチプルコア採泥器、セジメントトラップ、係留系、漂流系、ポータブルCTD等です。このように試験のできなかった機器は数えることができますが、試験を実施した機器は数え切れないほどございます。
     なお、今後検討する必要のある問題として、バウスラスタの騒音防止対策、航海船橋上部の共振音の原因究明と対策、焼却炉の能力向上等が考えられます。各種のコンピュータソフトのデバグについては、各メーカーともかなり詳しく親切に対応していただいておりますので、特に大きな問題は今の所発生しておりません。
     思い返せば、昨年2月15日に入札が行われた日から引き渡しを受ける日まで昼夜を分かたず行われた三井造船及び搭載機器関係各メーカーとの設計打ち合わせ、艤装監督に赴いた日から今日までの連続した行事の数々、引き渡し後の色々な不具合事項の改善、そして試行錯誤状態での船の運航等々、この一年半の間は全く気の休まる暇もありませんでした。また、乗組員にとっては初めての労働環境で、船の操船も作業形態も作業方法も分からないことが多いにも拘わらず、少人数稼働調査船のモデルシップとなろうという意識もあり、素晴らしい調査船に仕立て上げようと皆よく頑張って調査業務に従事しております。
     昨年11月末に艤装監督に赴いて以来の主な出来事は別記の通りです。
     この間、本庁の関係者、本研究所の事務官並びに研究者の皆様に多大な御指導、御協力を得て、いまここにその勇姿を現した“若鷹丸”を、今後とも多いに可愛がってやっていただきたいと念ずる次第です。
    (次号へ続く)
写真

進水式での若鷹丸

航行中の若鷹丸

(若鷹丸 船長)

Minekiyo Hasegawa

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