【研究情報】

スクリプス海洋研究所滞在記

清水勇吾



 筆者は,文部科学省宇宙開発関係在外研究員制度によって,2003年11月1日から1年間,アメリカ合衆国カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)付属スクリプス海洋研究所に滞在させていただきました。ここに本滞在についてご紹介させていただきます。

<研究内容>
 世界的にみて海洋観測が密と言われる日本周辺域においても,多くの現象について季節変動があるかどうかさえ調べることができないほど調査船による海洋観測は不足しております。温室効果気体の排出に伴って予想される地球環境の大規模変動に関連し,熱や温室効果気体の貯蔵庫としての役割を果たし得る海洋の内部を調査船で観測することの重要性が増す一方で,観測不足を補うために人工衛星の利用も不可欠となっております。本滞在において筆者は,海洋表中層循環の専門家である同研究所Lynne Talley教授のご指導のもと,人工衛星を利用して,より効果的に東北沖の海洋内部構造を把握するために「人工衛星データを用いた混合域における海洋内部構造・変動の把握手法の開発」の研究に取り組みました。
 まず,東北水研・気象研・海洋財団などの機関が共同で親潮〜黒潮続流域に投入した合計12台の等密度追従型フロートデータを解析しました。これらのフロートは,水温・塩分・圧力を観測し浮力を調整しながら,設定された等密度層を漂流し,一定周期に海面に浮上して,人工衛星システムを通じてその位置と観測データを観測者に送るものです。このデータ解析によって,北海道・東北沿岸を南下してきた親潮水が黒潮続流に合流,混合し,沖合域で3つの経路に分かれながら,亜熱帯循環中層に分布する塩分極小層水(北太平洋中層水)を約1-1.5年かけて形成することなどを明らかにしました(Shimizu et al., 2004)。
 さらに,溶存酸素を含めた複数トレーサー解析によって,混合域中層の起源水(オホーツク海水,東カムチャツカ海流水,黒潮水)の成分を計算する方法を同教授と共同開発し,TOPEX/POSEIDON海面高度計衛星の軌道直下に設けられた襟裳沖集中観測線(OICE)の海洋観測データを解析しました。その結果,混合域に出現するオホーツク海水と東カムチャツカ海流水の南下流量に明確な季節変動を見出したほか,両者の空間分布に大きな違いを発見しました。残念ながら滞在期間中には時間が足りず,衛星海面高度データと内部構造・変動との関連を明らかにするまでには至らなかったため,帰国後もTalley教授と連絡を取り合いながら,本研究を進めているところです。
 
<研究環境について>
 言うまでもなく,スクリプス海洋研究所は海洋学者なら誰でも知っているような世界的に有名な海洋研究所で,これまでに数々の著名な海洋学者を輩出しております。筆者の滞在を快くお引き受けくださったTalley教授も,観測系海洋物理学の世界的権威であり,数々の著名な論文や国際学会での特別講演などを通じてその御高名は存じ上げておりました。Talley教授には,筆者の博士論文の主査を務めていただいた東北大学花輪公雄先生からご紹介していただきましたが,滞在前には正直なところ,アメリカ滞在への期待よりも「こんな偉い先生のもとでうまくやっていけるだろうか?」という不安のほうが大きかったのは確かです。しかし実際のところ,Talley教授は大変気さくで優しく,自宅にも何度も招いていただいて美味しい手料理を振舞っていただいたりもして,そんな不安も吹き飛びました。おかげで,月に2-4回のペースで行われる研究打ち合わせでは,リラックスしながら有意義な討論ができ,1年間の滞在には十分すぎるほどの研究の進捗がありました。また,Talley先生のご配慮により,海の見える個室が筆者の研究室として割り当てられ,素晴らしい眺望のもと快適に研究生活を送ることができました(写真1)。 
 
<サンディエゴでの生活について>
 カリフォルニア州サンディエゴ市はアメリカ合衆国の西海岸南端に位置し,1年を通じて温暖で良く晴れます。また人口100万人を越える大都市で,買い物や娯楽の施設なども充実している一方,日本の大都市のように人や建物が密集しておらず,家賃が高いことと公共交通機関が不便であることを除けば,かなり暮らしやすい街だと思います。
 そのサンディエゴ北西部のLa Jolla(ラホヤ)地区に,スクリプス海洋研究所とUCSDがあります。特にスクリプス海洋研究所周辺のビーチと景観は素晴らしく(写真2),夏になると観光客で大変な賑わいを見せます。筆者は,研究所から徒歩15分,ビーチから徒歩1分のところにある,親切なアメリカ人のFroebさん御夫妻のお宅に下宿していました。御主人は元医師で,御夫人とともに老後余っている御自宅の一部を,研究所に滞在する外国人研究者に楽しみながら貸しているような雰囲気があり,まるで親類の子供の面倒を見るかのように筆者の世話を焼いてくださりました。彼らと一緒に楽しんだ地元のイベント,レストラン,パーティなどは忘れることのできない素晴らしい思い出です。
 また,米国には,多くの外国人あるいは移民が生活し,あらゆる場所に世界各国の生活文化圏が形成されています。サンディエゴには日本人も多く,日本料理店や日系スーパーマーケットなどがあるため,衣食住で困ることはありませんでした。また,州が英語教室を外国人のために無料で開いており,筆者はこの教室やその他の習い事などを通じて,スクリプス海洋研究所以外にも多くの外国人の友人を作ることができました。最初の数ヶ月こそ筆者は言語の障壁とカルチャーショックに苦しんだものですが,やがてこうした異国の友人達と海外生活を楽しむことができるようになり,滞在期間が残りわずかになった時には,帰国するのが本当に辛く感じられたものです。特に様々な外国の友人ができたことは,「移民の国」への長期滞在ならではのものであり,それまでずっと日本で暮らしてきた筆者にとっては,大変貴重な経験,そして財産になったと思っています。
 
<おわりに>
 筆者は,南カリフォルニアの素晴らしい気候と自然,そして明るく親切な人々との出会いを楽しみながら,海洋学のメッカとも言うべきスクリプス海洋研究所において自己の海洋研究を大きく発展させることができ,公私とも大変充実した有意義な時間を過ごさせていただきました。筆者をご指導いただいたLynne Talley教授,東北大学花輪公雄教授に厚く感謝を申し上げます。また,このような機会を与えてくださった文部科学省宇宙開発局の皆様,また,筆者の不在中に仕事を代わって行ってくださった伊藤進一博士をはじめとする海洋動態研究室の皆様および関係各位にあらためて厚く感謝いたします。
 
<参考文献>
 Shimizu, Y., T. Iwao, I. Yasuda, S. Ito, T. Watanabe, K. Uehara, N. Shikama and T. Nakano (2004): Formation process of North Pacific Intermediate Water revealed by profiling floats set to drift on 26.7 σθ isopycnal surface, J. Oceanogr., 60, 453-462.
(混合域海洋環境部海洋動態研究室)