マガキ集団解析と産地識別の可能性
現在までに,筆者が開発した7つのマーカーを用い,国内および韓国の計12地域から入手したマガキ集団サンプルの分析を終えました。各マーカー・サンプルのアレル頻度(検出された各アレルの,各サンプル中における出現頻度)を求め,サンプル間で比較したところ,
図1のように,
Crgi162マーカー(マーカーの名前は,筆者らが命名したものです)において,国産マガキと韓国産マガキ間で大きなアレル頻度の違いが認められました(表紙の電気泳動図参照)。
この図で,アレル
Crgi162222の頻度が,一貫して韓国サンプルで高いのが分かります。特に西日本地域では,このアレルを持つ個体が極めて稀にしかいないと言えます。アレル頻度に基づいてサンプル間の遺伝距離を求め,それらの遺伝的類縁関係を表す樹形図を作りました (
図2)。この樹形図から,宮城サンプルは,紀伊半島サンプル群(三重・和歌山)および西日本地域サンプル群(広島・山口・高知・宮崎・長崎)とは離れており,宮城集団と紀伊半島・西日本地域集団では遺伝的特徴が異なるということがわかりました。一方,
Crgi162マーカーのアレル頻度組成の違いから予想されるように,この樹形図からも,日本と韓国間では比較的大きな遺伝的な違いがあることがわかりました。
さて,マイクロサテライトマーカーを使うことにより,特に日本と韓国産マガキの間で遺伝的違いがあることが分かりましたが,それでは,マイクロサテライトマーカーを産地識別のためのツールとして使うことが出来るでしょうか?筆者らは,十分可能性があると考えています。ただし,まだやらなければならない課題が残されています。まず第一点は,今回の結果からは,年級群間でアレル頻度組成に違いがあるかどうかがはっきりしません。マガキのように多産な海洋生物では,海洋環境の機会的変動が,成熟・受精のタイミングのずれや,幼生の発達・生残等に影響を与え,結果として親が残す子供の数に大きな偏りが生じると言われています。これが真であれば,たとえ同一地点でも,異なる年級群は異なる遺伝的特徴を持っているかもしれず,今回明らかになった集団間の遺伝的違いが,別の年級群では消えてしまうということもあり得ます。したがって,年級群を考慮してサンプリング・分析を行い,アレル頻度の変動をモニタリングする必要があります。第二点は,用いた7つのマーカーのうち,日本-韓国間という大きなカテゴリー間で明瞭なアレル頻度組成の違いが検出されたのは1マーカー(
Crgi162)だけであり,このようなマーカーを更に蓄積していく必要があると言うことです。前述のように,ゲノムDNA中には,膨大な数のマイクロサテライトDNAが存在しますので,今後
Crgi162のような有効なマーカーが見つかる可能性は十分あると思います。このようなマーカーを複数使うことにより,高精度な産地識別,個体レベルの産地識別が可能になると期待しています。
最後になりましたが,ここで紹介した成果は,宮城県産業経済部の文谷俊雄・武川治人両氏,および宮城県水産研究開発センターの酒井敬一氏のご協力により得られたものです。この場をお借りして深くお礼申し上げます。また前述のように本研究は,農林水産技術会議事務局主催の先端技術を活用した農林水産研究高度化事業からの支援を受けて行ったものです。関係者の方々に感謝の意を表します。
(海区水産業研究部資源培養研究室・水産総合研究センター瀬戸内海区水産研究所*1・石巻専修大学*2)