【研究情報】

親潮水の中層での循環を解明して,清水勇吾研究員が日本海洋学会岡田賞を受賞

伊藤進一



 清水勇吾研究員(東北区水産研究所・混合域海洋環境部,写真1)が,「黒潮・親潮前線間域における北太平洋中層水起源水の分布と循環の解明に関する研究」に対する功績が認められ,2005年度日本海洋学会岡田賞を受賞しました(2005年3月29日)。岡田賞は,36歳未満の会員で,海洋学において顕著な学術業績を挙げた者に与えられる賞で,いわゆる有望な新人に与えられる賞です。
 清水研究員の研究対象領域となっている黒潮・親潮前線間域ですが,これは日本の近海を流れる2大海流の間に挟まれた海域を指します。日本沿岸では,南から流れる暖流の黒潮が房総半島沖を離岸して東に流れ黒潮続流となります。また,北から流れる寒流の親潮が北海道・東北沿岸で離岸して東に流れ親潮第1分枝・第2分枝といった親潮前線を形成します。この黒潮続流と親潮前線の間では,寒暖両流から波及した海水がぶつかり合い,前線波や暖水渦などが形成され,東北沖合にとても複雑な海洋構造を作り上げます。この複雑な海域は,その複雑さを反映して,混合水域,混乱水域あるいは混合域とも呼ばれています。親潮水は深層から供給される栄養塩を多く含んでおり,そのため魚類の餌となるプランクトンの生産力も高いという特徴を持ちます。混合域は,この餌を豊富に含んだ親潮水が流れ込み,且つ黒潮水が混ざることによって高水温の場も形成されるため,多種多様な魚類の生育場・策餌場として重要な役割を果たします。
 また一方で,親潮水は,高緯度で降水や河川水の供給を多く受けるため,塩分が低いという特徴を持ちますが,このため混合域に流れ込んだ親潮水は,より密度の軽い表層黒潮水の下に潜り込みながら,水深約400〜800mの中層に塩分の低い層を形成します。この塩分の低い水は,太平洋の亜熱帯の中層全域に広がっており,北太平洋中層水と呼ばれています(図1)。
 水産総合研究センターでは,北海道区水産研究所・中央水産研究所・東北区水産研究所等が中心となって,この北太平洋中層水の形成過程を調べてきました。特に近年,北海道南東沿岸から三陸沖合・房総沖にかけて中層の親潮水の分布を,調査船を使った直接観測によって,詳細に調査しました。清水研究員はこれらの調査結果をまとめ,従来言われてきたような分枝を形成する親潮水のイメージとは異なり,混合域の親潮水では渦構造が卓越していることを明らかにしました。その渦にもオホーツク海起源の高気圧回転をする渦と,太平洋亜寒帯起源の低気圧回転をする渦の2種類があることを示しました。さらに,これらの渦が房総沖を東向きに流れる黒潮続流域まで達し,1秒間に東京ドーム約5杯分の親潮水を供給し,これが黒潮水と混ざることによって,1秒間に東京ドーム約11杯分という大量の北太平洋中層水を形成することを明らかにしました(図1)。この形成量をもとに,北太平洋中層水の更新時間を求めると約20年となります。
 また,中層を漂うフロートを用いた観測によって,中層における親潮水の流れ込みと北太平洋中緯度への広がり,その流れていくルート上における変質・混合過程を調べ(図2),1〜1.5年で親潮水が北太平洋中層水の特性に落ち着くことをつきとめました。この混合過程を通して,生産性の低い亜熱帯中層に,親潮域から栄養塩や有機物などの物質が供給されている可能性が示されました。
 これらの研究成果が認められ,日本海洋学会岡田賞を受賞したわけですが,この賞の名にある故岡田武松博士は,日本海洋学会初代会長であり,海洋気象学の祖であります。特に現場観測を積極的に展開し,台風のメカニズムを解明し,台風の名付け親ともなった偉人です。故岡田武松博士の研究姿勢を手本に,清水研究員を始め,今後も現場調査を基本とした北太平洋中層水による物質輸送過程の解明に,東北区水産研究所として取り組んで行きたいと考えています。
(混合域海洋環境部海洋動態研究室)