−本州東方沖における仔稚魚研究の現状−


岡本 誠


はじめに
 私は平成14年度日本学術振興会特別研究員として平成15年1月から混合域海洋環境部高次生産研究室でお世話になっています。それに先立ち,3年ほど前から本州東方海域に出現する仔稚魚の分類学的研究を中心に行ってきました。この分野に関しては,これまで対象となった魚種は主に水産上重要魚種を中心に行われてきたため,海区ごとの仔稚魚相を把握した報告は極めて少ないのが現状です。東北区水産研究所においては小達(1967)によって1940年代後半から1960年代にかけての沿岸重要資源調査,漁海況予報事業海洋調査,サンマ漁場調査などの際に得られた稚魚ネットの表層曳きによる仔稚魚サンプル群の出現種や出現時期の傾向が報告されました。しかし当時,同一種でも研究者間で学名が異なっていたり,種間関係が曖昧なまま種として取り扱われていたことも多く,日本産魚類は多くの分類学的問題を含んでいたと考えられます。当然,現在のような全種を網羅した資料などはなく,査定には多大な時間と労力が必要であったことは明らかです。その結果,種レベルの査定にはいたらず必然的に科,属までしか決定できない標本が多かったようです。その後,東北沿岸域における報告はいくつかあったものの,東北沖に出現する仔稚魚相は明らかにされていません。よって,全出現種の査定とその形態的特徴を把握すること,また初期生活史の特徴や産卵場の推定など生態学的知見を得ることを目的として,本研究に取り組んでいます。以下には現在までの研究結果から東方沖にみられる仔稚魚相の特色と,初めて得られたメダイ仔魚を例として本研究がもたらす他分野への発展の可能性について述べます。


1980年代からの所蔵サンプルの利用
 東北沖は黒潮で産卵された仔稚魚が輸送されてくることから,採集された標本群の査定には分布的特性を安易に用いることは出来ません。北日本の海域とはいえ仔稚魚に関しては多様な出現傾向を示すことが予想されてきました。これまで東北区水産研究所が保管してきた1980年代以降の仔稚魚サンプル群は形態学的研究に供するには何ら問題のない状態で保管されています。これらはサンマ,マイワシ等の水産上重要魚種の調査の際に得られたものですが,それ以外の種類についてはほとんど注目されていませんでした。よって少しずつではありますが,現在まで全出現種の査定を試みています。厳密には1989年からのサンプルを材料としており,最近ではMOCNESSネットの使用により中深層性魚類の採集が容易になりましたが,まずは表層に出現する種を中心に検討を行いました。その結果,東北沖を中心に道東沖から九州南方海域までの本州東方沖から200種以上の仔稚魚を確認しました。そのうち約20種はこれまで日本では成魚しか確認されていなかった仔稚魚で,なかでもスズキ目イボダイ亜目が5種を占め,断片的だった日本における本グループの初期生活史の特徴が急速に判明しました。


東方沖に出現するイボダイ亜目仔稚魚
 イボダイ亜目は咽頭部に楕円形の食道嚢とよばれる共有派生形質を持つことで単系統群とされるグループです。日本では5科20種が知られており,これまで東方沖からは3科9種の仔稚魚を確認しています。そのなかでイボダイ科Centrolophidaeに含まれるイボダイPsenopsis anomalaやメダイHyperoglyphe japonicaは底曳きや定置網で漁獲され,利用される重要魚種です。イボダイは成魚が20cm前後の小型種で,東シナ海や紀伊水道南部付近で春から夏にかけて産卵することが知られています。仔稚魚期に関しては体長6mmの仔魚から稚魚期の形態について詳しく記載されており,クラゲ類やカイアシ類を餌としていることなどの基礎的知見が得られています。
 一方,メダイは日本各地の水深100m以深に多く,体長は80cmにも達する大型種です。近年,伊豆諸島近海では独立した漁業対象種として扱われ,また遊魚対象としても注目を集めています。しかし生態に関しては不明な点が多く,産卵時期は生殖腺指数などから冬季であろうと推測されていますが,初期生活史については体長13mm以上の稚魚が知られているのみでした。では,なぜこれほど分布範囲が広く,人間生活に深く関わる種の仔魚が見つからないのか?恐らく,仔魚は多くの研究機関の調査で採集されてはいるはずです。しかしその形態は他のスズキ目魚類と類似するためメダイと断定できず,不明種として扱われている可能性が高いと考えられます。これは本種に限った事ではなく,「採れない」と思われている仔稚魚が「査定できていない」状況におかれているだけの場合が多いのです。


メダイ仔魚の発見
 実はこれまでに,東方沖から採集されたサンプル群の中からメダイの稚魚のみならず3個体の後屈曲期仔魚を得ています(図1)。まだ個体数が少なく,わずかなデータしか得られていませんが,少なくとも本種の仔魚期における形態が初めて明らかになりました。その体型は側扁し,体高はやや高くなっており,頭部はやや大きく,前鰓蓋部の外縁と内縁に小棘が認められました。また体長が7mm前後であるにも関わらず,鰭条の形成が極めて早期に起こっていること,消化管がコイル状になっていること,鰭膜が発達することなどのイボダイ科魚類の共有形質を見いだせました。査定においては1個体を骨格標本とし,25本の脊椎骨数と鰭条数との組み合わせによりメダイの仔魚と断定しました。
 出現時期は仔魚が11月から2月,稚魚が5月であり,産卵期が冬季だという仮説はほぼ立証されましたが,秋季に始まっている可能性も考えられます。分布水深は稚魚ネットの表層曳きとMOCNESSネットの0-25mの範囲で,採集定点は鹿島灘沖と遠州灘沖でした。遠州灘沖の定点については北緯33度23分,東経137度06分で,200m深,水温15.8度の黒潮域でした。これまで少なくとも伊豆諸島以南の海域に産卵場があるとされていましたが,黒潮による輸送を考慮するとそれよりもはるか南の黒潮上流域に産卵場が形成されている可能性が高いと考えられます。本種の稚魚は4月から6月にかけて熊野灘以南を漂流する流れ藻にモジャコとともに付随することが以前からよく知られていました。前述のように東シナ海付近で冬季に産卵していると仮定するとつじつまが合い,産卵回遊を行っている可能性が示唆されました。


今後の課題
 近年,メダイの資源量は過去のような劇的な減少傾向にはなく,むしろ回復の兆しがあるとの見解もあります。しかし相模湾においてはキンメダイと餌競合の関係にあるとの指摘もあり,浮魚ではよくある魚種交替現象が,この底魚2種でもあるのではないかと言われています。また体長が約60cmになる4歳魚から産卵することが知られていますが,それよりも若い個体についての研究は行われていません。今後,メダイの生態学的研究の必要性が高まると予想されるため,冬季に実施される東方海域の調査により注目していくと同時に,過去に得られた黒潮域周辺の仔稚魚サンプル群を再調査していく予定です。 


引用文献
小達 繁(1967)東北海区における稚魚の研究 IV, 出現種類と季節的出現傾向, 東北水研報, 27, 61-75.

(日本学術振興会特別研究員 混合域海洋環境部 高次生産研究室)

Makoto Okamoto