−黒潮続流域およびその周辺海域のMicrobial loopに関する研究−


中町 美和


 平成15年4月より,混合域海洋環境部生物環境研究室の東北区水産研究所特別研究員として雇用されました。現在,主にオートアナライザーTRAACS800(写真1)による栄養塩分析を行っています。
 専門はプランクトン生態学であり,3月までは東北大学大学院農学研究科に在籍していました。谷口旭教授の指導の下,博士論文では黒潮続流域およびその周辺海域のMicrobial loopに関する研究を行ってきました。
 Microbial loop(微生物環)とは,1983年にF. Azamらによって提唱された食物連鎖であり,従来からよく知られている植物プランクトンから動物プランクトン,そして魚類へと到る採食食物連鎖とは異なり,溶存有機物を起点にした細菌や藍藻類などのピコサイズのプランクトンからナノ・マイクロサイズの原生動物へとつながる流れを指します。このことが比較的近年まで明らかでなかった理由は,ピコ・ナノプランクトンの細胞が極めて小さくて脆弱であるために,従来のプランクトン固定法や検鏡法では,現存量が過小評価されていたためです。しかし,蛍光染色手法が確立によって,それらの現存量が植物プランクトンをしのぎ,またその生産力も極めて大きいことが明らかとなり,今日ではMicrobial loopは海洋生態系のエネルギーフローを考える上でかかせない概念となっています。
 このMicrobial loopは,特に系外からの栄養塩の供給が少ない貧栄養の外洋域で発達しているとされていますが,ここでの構成生物群集の全てを同時に取り扱った研究例は多くありません。そこで,貧栄養な外洋域であり,かつ多獲性浮魚稚仔のナーセリー(生育場)として重要な黒潮続流域およびその周辺海域で研究を行いました。本海域内は,環境傾斜が激しいため,Microbial loopの大きさを定量比較するには適しているといえます。研究試料は,中央水産研究所調査船「蒼鷹丸」の5調査航海に乗船し,採取させていただきました。
 本研究では,ピコ,ナノ,マイクロとサイズの大きく異なるプランクトンを扱うため,多種の試料について計測をしなければなりませんでした。そこで,より迅速かつ正確に行うため,ピコ・ナノプランクトンに関しては,画像解析システムを構築し,計測しました。また,Microbial loop構成者のうち比較的種の同定が容易である有鐘繊毛虫類群集を指標として詳しく解析することにより,Microbial loop構成者の組成と海洋環境との関係を考察しました。有鐘繊毛虫類は外洋域では個体数密度が低いため,プランクトンネットを独自に設計することにより大量採集しました。
 これらの結果,主なマイクロプランクトンである微小動物プランクトン群集の生体量は,常に黒潮流軸中およびその沖合側である外側域で少なく,黒潮続流の日本列島側,すなわち内側域で大きいことが明らかになりました。鉛直分布にも水域差が見られ,内側域では明瞭な極大層があり,流軸中と外側域ではほぼ鉛直一様であることが分かりました。また,季節変動は,春季が最大であり,次いで秋季,夏季,そして冬季に最小となっていました。
 ピコ・ナノプランクトン群集の生体量は,微小動物プランクトン群集生体量の平均17倍および72倍でした。ピコプランクトン群集においては,従属栄養者と独立栄養者の比率がほぼ同程度でした。従属栄養者の生体量は時空間的に比較的安定しており,独立栄養者はやや変動するものの,ナノプランクトンの変動幅よりは小さく安定していることが明らかになりました。ナノプランクトン群集の全生体量の時空間変動はピコプランクトン群集のそれに比べて複雑ではあるものの,変動の幅は微小動物プランクトンのそれよりは明らかに小さいことが示されました。すなわち,よりサイズが小さい生物群ほど生体量が安定していました。これらのことは,より小型のサイズの生物群において,増殖による増加と摂食による減少という過程が高頻度で行われる結果,小振幅での振動を繰り返していることを示唆しています。
 本研究海域に出現した有鐘繊毛虫類の出現種数は,沿岸域に比べ明らかに多いこと,流軸中と外側域ではほぼ同程度であり内側域でやや少ないことがわかりました。多様度が流軸中で最も高かったことは,黒潮が周辺群集を取り込んだ結果,外側域や内側域よりも多様になっていることを示していると考えられました。
 これらの変化が,種の同定が困難であった他の生物群集においても起こっているとすれば,黒潮続流域およびその周辺海域におけるMicrobial loopは大きさだけでなく,その群集組成も水域あるいは季節によって大きく変化していると考えられます。すなわち,Microbial loop内の生物間の経路も,水域と季節によって変動する可能性が考察されました。
 以上の研究内容からお分かりいただけるように,これまでは顕微鏡観察によるプランクトンの計数が主な仕事でした。したがって,化学分析とはあまり縁がなく,現在行っている栄養塩分析も学生実験レベルの経験しかなかったため,開始当初はホールピペットを扱うのからして大仕事といった感じでした。また,栄養塩分析器自体もトラブルや故障が多発し,サンプルを測定している時間より,修理や調整にかかる時間のほうが長かったかもしれません。数ヶ月たった今では,多少手際が良くなったものの,まだまだ,私が思うようには動いてくれず,振り回されている感じです。今後は,高い精度を維持した上で,より迅速にデータをお見せ出来るように精進したいと思います。
 自分の研究をさらに深めていく上でも,この仕事で得られる経験,知見は,貴重なものだと考えております。斎藤室長,桑田氏の厳しくも優しい(?)指導のもと,非常勤職員の皆様の補助を得て,これからもがんばります。
(東北区水産研究所特別研究員 混合域海洋環境部 生物環境研究室)

Miwa Nakamachi