−中層性魚類・ハダカイワシ科魚類の生態−


杢  雅利


 研究船や調査船で外洋に出て,深海でトロールやプランクトンネットを曳くと,小型の動物プランクトンから比較的大型の魚類まで様々な生物が採集されます。これらの中でも,体長がおおよそ2-10cmで,表皮が黒いか,表皮が剥げ落ちて白く見える魚類がハダカイワシ科魚類です(写真1)。この魚類は,小型イカ類や大型オキアミ類,遊泳性エビ類,アミ類などとともにマイクロネクトン(小型遊泳動物)と呼ばれ,外洋生態系内では主に動物プランクトンの捕食者として,またマグロ類などの大型魚類や海産哺乳類の餌料として重要な役割を果たしています。
 日本近海には88種が生息し,三陸沖の海域にはそのうち20種余りが生息しています。しかし,これら魚類の生態ついての基礎的な情報は非常に乏しく,我々は,まず三陸・道東沖の親潮域から移行域にかけて生息する種の鉛直分布,摂餌生態,生活史についての研究を始めました。


鉛直分布様式−特に水温との関係−
 ハダカイワシ科魚類は,昼間はおおよそ300-1000mの中層に生息し,夜間はその多くの種が200m以浅の表層に浮上する,いわゆる日周鉛直移動を行い,主に夜間摂餌活動を行います。三陸沖の海域で優占する亜寒帯種コヒレハダカ,トドハダカ,マメハダカ,セッキハダカ,ミカドハダカ,移行域種ナガハダカ,オオクチハダカ,熱帯・亜熱帯種ゴコウハダカの計8種の日周鉛直移動様式を調べると,これらが日周鉛直移動種,半日周鉛直移動種および非日周鉛直移動種の3群に分類されることが分かりました(Watanabe et al. 1999)。また,各種は,それぞれ固有の適水温をもち,狭温性種の夜間の浮上深度は生息域の水温の鉛直分布構造と密接に関係していました。例えば,亜寒帯種および移行域種(オオクチハダカを除く)は表層の黒潮系暖水塊によって顕著に浮上深度が制限され,浅い層まで浮上できないのに対し,広温性の熱帯・亜熱帯種ゴコウハダカは高温の表層水中では,他の種に比べてより浅い層まで浮上していました(Moku et al. in preparation)。


優占3種の摂餌活動とその日周性
 日周鉛直移動のパターンが明らかとなった優占種のうち,日周鉛直移動種のトドハダカ,半日周鉛直移動種のコヒレハダカ,非日周鉛直移動種のセッキハダカ3種の夏期の摂餌生態を調べると,トドハダカとコヒレハダカの主な餌生物はオキアミ類(主にEuphausia pacifica),カイアシ類(主にMetridia pacificaNeocalanus plumchrus/flemingeri),端脚類(主にThemisto japonica/pacifica)であることがわかりました。セッキハダカの餌生物は他の2種とは大きく異なり,カイアシ類(主にNeocalanus cristatus)がその大半を占めていました。胃充満度の解析によると,トドハダカでは終日満腹状態の個体の割合が高く(51.2-94.0%),空胃個体の割合が非常に低く,常に3%以下でした。本種の胃内容物中の未消化個体の割合は,オキアミ類では昼間中層に留まっている時と夜間表層に浮上してから夜半までが高く(11.7-27.3%),端脚類では夜間表層で非常に高かった(46.7-69.8%)が,カイアシ類では終日大きな変化が見られませんでした(10.3±SD6.6%)。このことから,トドハダカは夜間だけでなく昼間も活発な摂餌活動を行っていることが明らかとなりました。コヒレハダカでも終日空胃個体の割合が6%以下と非常に低かったのですが,トドハダカとは異なり,胃内容物の消化度に時刻による明瞭な変化が観察されました。胃内の未消化個体の割合はオキアミ類,端脚類では夜間表層に浮上してから夜半過ぎまでが高く,カイアシ類では午後から夜半にかけて徐々に高くなり,それぞれ夜半をすぎるとまた徐々に低くなっていました。夜間でも中層に留まっていた個体は空胃率が高く(21.4%),その胃内容物についても夜間表層に浮上した個体よりも消化が進んだものが多かったことから,コヒレハダカは夜間表層に浮上してから活発に摂餌活動を行うものと推定されました。一方,日周鉛直移動を行わないセッキハダカは終日空胃率が11.5-44.0%と高く,胃の中に保持している餌生物の量は湿重量で体重の0.1%前後と他の2種の場合(トドハダカ1.2-2.7%,コヒレハダカ0.6-1.4%)と比べ極端に少ないことが分かりました。また,本種では胃内容物の消化度に終日変化が見られず,餌条件の悪い中層で終日散発的に餌を捕食していることが明らかになりました。胃内容物重量指数と胃内容物の消化度の日周変化からトドハダカの日間摂餌量は乾重量で体重の3.3%,夜間表層に浮上するコヒレハダカで1.8%,セッキハダカで0.14%と見積もられました。これらの結果は,日周鉛直移動が餌の豊富な表層への摂餌回遊であることを強く示唆していました(Moku et al. 2000)。


トドハダカの初期成長と繁殖生態
1)仔稚魚の成長
 トドハダカは道東沖の親潮域で最も優占する種ですが,生活史についてはほとんど分かっていませんでした。我々はこの種の耳石日周輪を用いて仔魚と稚魚の成長様式を解析しました(Moku et al. 2001)。耳石(平衡石)には微細な輪紋があり,これらが一日に一本形成される日周輪であることが,輪紋形成の日周性から証明されました。仔魚の標準体長(Ll)および稚魚の標準体長(Lj)と日周輪形成開始からの日数(D)の関係はそれぞれ直線式,
  Ll = 2.65 + 0.141 D (r2 = 0.942)
    (標準体長 5.1 - 9.6mm)
  Lj = 3.54 + 0.129 D (r2 = 0.933)
    (標準体長 13.7 - 27.6mm)
で表されました。稚魚の成長速度は遅く,これまで報告されている熱帯・亜熱帯種の値の1/2程度でした。

2)産卵期および産卵場
 親潮域および移行域において2年間(採集月:1,3,4,5,7,10月)にわたって仔魚の採集を試みたところ,トドハダカ仔魚は5月,7月および10月に出現し,その他の月には全く出現しないことが分かりました。また,仔魚は7月の移行域において最も高密度に分布し(1.0-31.9個体/m2,平均22.1個体/m2),5月と10月はそれに比べ著しく密度が低く,それぞれ7.5個体/m2,0.6-2.4個体/m2でした。親潮域でも7,10月に出現しましたが,0.4-0.9個体/m2と分布密度は非常に低いことが分かりました。この結果からトドハダカの主産卵場は移行域であることが明らかとなりました。5月中旬に出現した仔魚の日齢組成は20日齢前後を中心に9-52日齢,7月上旬の仔魚では30日齢前後を中心に20-53日齢,10月上旬の仔魚では23-66日齢であったことから,産卵は3月下旬に始まり,5-7月にはピークを迎え,9月下旬には終わっているものと推定されました。産卵期が終了している秋季に採集した稚魚および成魚の体長組成を海域毎に比較すると,親潮域およびその北東側の西部亜寒帯循環域では標準体長40-90mmの個体が優占し,30mm未満の当歳魚の出現は極めて稀でした。ところが,移行域では10-30mmの当歳魚が圧倒的に優占し,それより大型の個体は極めて少なかったのです。このことから,本種は産卵場である移行域で仔稚魚期を過ごし,標準体長40mmに達した頃から親潮フロントの北側の亜寒帯域へ生息域を広げていくことが明らかになりました(Moku et al. 2003)。


今後の展望
 これまでの研究により,一般にハダカイワシ科魚類などのマイクロネクトンと中型動物プランクトン,特に甲殻類動物プランクトンが捕食・被食関係にあることがわかっています。この動物プランクトン−マイクロネクトン食物網に関して理解を深めていくためには,ハダカイワシ科魚類だけでなく小型イカ類や中・深層性エビ類などの個々の種の摂餌生態(摂餌リズム,摂餌選択性,摂餌量)に関する詳細な知見を蓄積することが必要です。また,親潮域など亜寒帯域では,Neocalanus属カイアシ類のように個体発生的鉛直移動を行う動物プランクトンが多いため,餌環境の鉛直構造が季節的に変化することにより,ハダカイワシ科魚類など外洋性マイクロネクトンの食性も季節的に変化することが十分予想されます。どの動物群または種にマイクロネクトン群集による高い捕食圧がかかっているのか,季節毎に詳細な研究が求められます。さらに,外洋生態系における動物プランクトンからマイクロネクトンへのエネルギーの流れを把握する上で,ハダカイワシ科魚類や小型イカ類のより定量性の高い生物量測定法の確立が何よりも重要で,そのためには採集効率の高いオッターボード式トロールによる観測例を増やすこと,加えて,遊泳力の高い動物群の生物量把握に有効なトロール採集に計量魚探による測定を組み合わせた方法の確立が望まれます。現在,我々はハダカイワシ科魚類の個体数変動,摂餌生態の季節変化に関する研究を進めており,本科魚類と同様に動物プランクトンを捕食するイワシ類やサンマなど浮魚類との餌を巡る競合関係があるのかどうか,さらには動物プランクトンや浮魚類の資源変動とどのような相互関係があるのかが今後明らかになってくると考えています。

引用文献
 Moku, M., K. Kawaguchi, H. Watanabe & A. Ohno (2000) Feeding habits of three dominant myctophid fishes, Diaphus theta, Stenobrachius leucopsarus and S. nannochir, in the subarctic and transitional waters of the western North Pacific. Mar. Ecol. Prog. Ser. 207, 129-140.
 Moku, M., K. Ishimaru & K. Kawaguchi (2001) Growth of larval and juvenile Diaphus theta (Pisces: Myctophidae) in the transitional waters of the western North Pacific. Ichthyol. Res. 48, 385-390.
 Moku, M., A. Tsuda & K. Kawaguchi (2003) Spawning season and migration of the myctophid fish Diaphus theta in the western North Pacific. Ichthyol. Res. 50, 52-58.
 Watanabe, H., M. Moku, K. Kawaguchi, K. Ishimaru & A. Ohno (1999) Diel vertical migration of myctophid fishes (family Myctophidae) in the transitional waters of the western North Pacific. Fish. Oceanogr. 8, 115-127.

(東北区水産研究所特別研究員 混合域海洋環境部 高次生産研究室)

Masatoshi Moku