国際ワークショップ「魚類の成熟に関する資源生物学的研究の現状と生理学的なアプローチの検討」に関する報告


栗田 豊


 2003年5月26,27日に宮城県松島町の松島一の坊(ホテル)において東北水研主催で標記ワークショップを開催しました。開催趣旨,参加者,プログラム,討論の概要は以下の通りです。


開催趣旨
 近年,産卵親魚の繁殖生態が個体群動態に及ぼす影響の重要性が再認識されつつある。これまで日本国内ではこの分野の研究者が一同に会する機会が無く,研究内容や手法に関する情報交換が不十分であった。本ワークショップを,この分野の研究をリードしている国外の研究者と日本人研究者との情報交換の場とし,この分野の研究成果や研究の方向性について共通認識を持つ機会としたい。このことは今後の研究の協力や進展を図る上で重要である。また繁殖特性に関する資源生物学的な研究では,卵母細胞の計測と計数,組織学的な観察が主要な手法であるが,この方法ではある時間断面の特性は把握できるが,その前後の動態の予測は困難である。この様な問題の解決策の一つとして,生理学的手法の適用が期待できる。本ワークショップで,繁殖特性に関する資源生物学的研究における問題点を整理し,生理学的な手法の適用を検討することで,研究の新しい方向性を探りたい。


参加者
 O.Kjesbu(ノルウェー),P.Witthames(イギリス),松山倫也(九州大学),天野勝文(北里大学),深沢博達(東京大学),清水昭男,渡邊千夏子(中央水研),稲田伊史,佐古 浩,巣山 哲,成松庸二,高見秀輝,栗田 豊(東北水研)


プログラム(カッコ内は発表者名)
5月26日(月)
繁殖特性研究の実例およびその個体群動態との関係
 9:00 − 9:10  挨拶(稲田伊史)
 9:10 − 10:10  大西洋ニシンとサンマの繁殖特性と個体群動態への影響(趣旨説明を含む)(栗田 豊)
10:10 − 11:10 大西洋タラの繁殖生態とその個体群動態に及ぼす影響(O.Kjesbu)
11:10 − 12:10 マダラの繁殖生態と資源量−成長変動が産卵親魚量に及ぼす影響(成松庸二)
  (昼食)
14:00 − 15:00 大西洋サバ雌の繁殖生態の変動(P.Witthames)
15:00 − 16:00 マサバ太平洋系群の産卵生態,およびその資源変動にともなう変化(渡邊千夏子)
  (休憩)
16:30 − 18:00 討議(繁殖特性の研究手法と研究遂行上の問題点,繁殖特性と個体群動態の関係)


5月27日(火)
繁殖特性研究遂行上の問題点と生理学的アプローチの適用
 9:00 − 10:00  魚類におけるGnRHの分布と機能(天野勝文)
10:00 − 11:00 魚類の繁殖特性評価における生理学的手法の適用(清水昭男)
11:00 − 12:00 HCG投与により誘導した成熟・排卵過程から推定された飼育下におけるマサバの繁殖パラメータ(松山倫也)
  (昼食)
研究トピックの発表
14:00 − 14:20 マアジの産卵生態について−FRECS*1の成果より*2(渡邊千夏子)
14:20 − 14:40 サンマの成熟と回遊のエネルギー収支(7th ISRPF*3で発表)(栗田 豊)
14:40 − 15:00 抗ペプチド抗体を用いた免疫組織化学による各種スズキ目魚類の生殖腺刺激ホルモン分泌細胞の同定(7th ISRPF*3で発表)(清水昭男)
15:00 − 15:10 ソールと大西洋タラの退縮濾胞の細胞死(7th ISRPF*3で発表)(P. Witthames)
15:10 − 15:30 EUプロジェクト"RASER"の紹介
       (P. Witthames)
15:30 − 15:50 海産魚の卵と仔魚の浮力,特に大西洋タラについて(O. Kjesbu)
  (休憩)
16:20 − 18:00 討議(繁殖特性研究における生理学的アプローチの適用,今後の研究課題の整理)
*1 農林水産技会プロ研「東シナ海漁業資源」
*2 西田 宏(中央水研)・依田真理・佐々千由紀(西海区水研),渡邊が発表
*3 第7回国際魚類繁殖生理学シンポジウム(5/18-23に三重県で開催)


討論の概要
繁殖特性研究の実例およびその個体群動態との関係
調査計画
 個体群の繁殖特性を代表する様な調査をこころがける。例えば,産卵場の中心を調査する。孕卵数,退行卵(atresia),産卵雌の割合の変化を調査する。その際,画像解析装置の使用が効率的。卵母細胞径の頻度分布や最も発達した卵母細胞径の標準偏差の増減から,産卵開始時期や産卵の進行程度を評価できる可能性がある。卵巣内の卵母細胞を分離にして実体顕微鏡下で観察する方法が一番簡単であるが,発達段階や初期のatresiaを識別するのが困難。固定液や染色法を開発(工夫)する必要がある。例えば生の卵母細胞の場合は,Sera液(エタノール6:ホルマリン3:酢酸1)を用いると卵母細胞が透明化し,核の位置を確認することが可能。
atresiaの出現
 atresiaが起こる卵母細胞の発達段階や,atresiaが出現する時期は種(あるいは成熟様式)に特異的。実際の産卵数(realized fecundity)を推定するためにはatresiaによる孕卵数の調節が終了した後に計数するか,atresiaの出現パターン(成熟過程あるいは産卵期初期,産卵終了時,産卵期中に一時的に出現)を考慮する必要がある。


個体群動態
 O. Kjesbu博士から大西洋タラと大西洋ニシンにおける繁殖特性と個体群動態の関係に関する研究例を紹介してもらった。私個人の意見であるが,繁殖特性の変動が個体群動態に及ぼす影響(maternal effect)の状況証拠は数多く提示されてきているので,今後は実証的なデータをとる研究が必要である。例えば,同一仔魚群の追跡調査を様々な場所や時期に行い,産卵場や産卵期が仔稚魚の生残に及ぼす影響を評価する研究が考えられる。
 
繁殖特性研究への生理学的アプローチの適用
 繁殖特性研究にすぐに適用可能な手法として,生殖腺刺激ホルモン(LH,SFH)やビテロジェニンの産生活性を用いた生殖周期や産卵リズムの解析,BrdU(ブロモデオキシウリジン)を用いた卵原細胞の分裂活性の評価などが挙げられる。また,繁殖特性研究に有用で今後開発が期待される手法として,排卵後濾胞やatresiaのステージ(経過時間)に特異的なタンパク質やDNA(分子マーカー)の特定,固定した卵母細胞の組織切片作成によらない簡便なステージ識別法(例えば卵母細胞を透明化し実体顕微鏡下でステージを識別)などが挙げられる。

 このワークショップ開催のねらいは趣旨に述べた様に,資源生物学的研究の情報交換と,資源の研究者と繁殖生理の研究者の情報交換でした。O. Kjesbu博士とP. Witthames博士はともに資源学の分野にありながら生理学的な手法を常に視野に入れて研究をされている方々で,繁殖特性の研究や繁殖特性の変動が個体群動態に及ぼす影響(maternal effect)の研究分野ではリーダー的な存在です。
 発表は質疑を含んで1時間とし,午後には総合討論の時間を設けました。この手の会合では,語学の壁のため日本人はあまり発言をしなくなる傾向がありますが,参加者は13人と少なく会場もこの人数でいっぱいになる程度の狭い部屋で行ったことや,日本人が多かったことも手伝ってか,議論は非常に活発に行われました。ワークショップの規模やプログラムを作成するに当たっては,前回ベルゲン(ノルウェー)で開かれた関連課題に関するワークショップ(東北水研ニュース62号参照)が非常に参考になりました。活発な議論のおかげで,グループレベル(例えば規模を大きくした同様のワークショップの国内外での開催)でも研究者レベル(共同研究)でも新しい展開を予感させるものとなりました。
 最後になりましたが,ワークショップに参加していただいた方々ならびに運営に協力していただいた東北水研の方々に感謝します。なお,ワークショップレポートと要旨集を作成してあります。内容に関心をお持ちの方には差し上げますので是非ご一報下さい。

      (海区水産業研究部 沿岸資源研究室)

Yutaka Kurita