三陸沿岸の藻場における炭素吸収量把握の試み


村岡大祐

 
はじめに
現在,大気中のCO2濃度の上昇に伴い,地球温暖化が近い将来に顕在化するとの予測が多くの科学者から出されており,人類の生活や経済活動のみならず,地球環境維持システム全般にも影響を及ぼすことが懸念されている。このため,排出源対策だけでなく,CO2吸収・固定のメカニズムを明らかにして,その評価を行うことが求められている。海洋においても相当量のCO2吸収があると推定されているが,現在把握されている海洋のCO2吸収量は総排出量から陸域での吸収量を差し引いて求めた推定値にすぎず,海洋における炭素の動態には未解明の部分が多い。日本沿岸に広く分布する大型海藻群落,いわゆる藻場も光合成を通じて炭素を吸収しているが,日本沿岸の藻場における総炭素吸収量を試算した例はほとんどない。今回,環境研究「森林,海洋等におけるCO2収支の評価の高度化」の一環として,三陸沿岸の藻場における炭素吸収量の推定を行ったので,以下にその一端を紹介する。
 
日本沿岸における藻場の総面積と種類
日本沿岸に広がる藻場の総面積は,201,212haと算出されている1)。この藻場をタイプ別にみると,ホンダワラ属植物によって構成されるガラモ場が藻場全体の27.1%を占め,以下アラメ場20.4%,アマモ場15.7%の順となる。その中で三陸沿岸(岩手県〜宮城三陸海岸)における総藻場面積は6,101haであり,タイプ別ではワカメ場が最大で1,993ha,これにコンブ場の1,626haが続いている(表1)
 
単位面積当たりの年間純生産量の推定(ガラモ場を例に)
一口に藻場と言っても,その構成種が違えば当然単位面積当たりの生産量(ひいては炭素吸収量)は異なる。従って,藻場による炭素吸収量を算出するためには,各藻場タイプ別の年間純生産量を知る必要がある。ここでは,ガラモ場を例にその算出方法を紹介する。
三陸沿岸の岩礁域には,ホンダワラ属植物の一種であるエゾノネジモクが生育し,ガラモ場の主要構成種となっている。本種は多年生海藻ではあるが,その主枝部分は冬から春にかけて成長し,夏の成熟期を迎えた後速やかに枯死流失する2)。この群落について,層別刈り取り法による単位面積当たりの年間純生産量の推定を行った。これは,坪刈りによって収集した藻体を一定の高さ毎に切断して計量し,各月の生産構造図を作成して,前調査月との比較によって得られる脱落量の累計(1年間)を年間純生産量と見なす方法である(図1)。これによって推定されたエゾノネジモクの年間純生産量は乾燥重量で約2.0kg/m2であり,7月に記録した年間最大現存量(約1.8kg/m2)との比(P/B比)は約1.1であった。
P/B比とは,ある植物体について,年間最大現存量(B)の何倍量が成長によって一年間に生産(P)されるかを示す値である。海藻種によっては成長しながら脱落し続けて最大現存量の何倍もの年間純生産量がある場合もあるため,年間を通じて吸収される炭素量を算出するためには,各海藻種のP/B比と年間最大現存量からそれぞれの年間純生産量を推定する必要がある。他の藻場タイプについても,主要構成種のデータを元に単位面積当たりの現存量とP/B比を算出した(表2)。現存量はアラメ(3.73kg/m2),マコンブ(2.53kg/m2)のコンブ目植物がやはり高い値を示した。なお,乾燥重量に占める炭素含有率を元素分析によって測定したところ,いずれの種についても乾燥重量のほぼ1/3を炭素量と見なせることがわかった(表2)
 
三陸沿岸の藻場における年間炭素吸収量
各藻場タイプ別の現存量,P/B比,炭素含有率および藻場面積がわかれば,これらの積によって藻場タイプ別の年間炭素吸収量の推定が可能である。この方法により三陸沿岸の藻場における炭素吸収量を推算したところ,その合計は約60,000tonC/yearとなった(表2)。藻場タイプ別ではコンブ場が全体の73%を占めた。
 
問題点と今後の課題
実験藻場で得た年間純生産量等の数値および既存の藻場面積データを用いて,三陸沿岸の藻場における炭素吸収量の試算を行ってきた。現在他の研究機関と協同で日本沿岸の藻場全体(201,212ha)による総炭素吸収量の試算を進めているが,その過程でいくつかの問題点が明らかになっている。第一の問題として,今回の試算に用いた環境省の藻場データは日本沿岸の藻場面積を集計した唯一の知見ではあるが,調査時期が1989年から1991
 
年と古いことに加え,海域によっては聞き取り調査を元にするなど精度の点で必ずしも十分とはいえない。今後は衛星画像解析等を利用した,より正確な藻場分布面積をリアルタイムに近い形で把握する技術開発が必要である。次に,大型海藻によって吸収された炭素の分解過程についての知見がほとんどない点が課題として挙げられる。海藻がいかに光合成を行いCO2や栄養塩を吸収しても,枯死後速やかに無機化して再び海水中に溶け出すようであれば,その効果は限定的である。大型海藻,特に褐藻類はポリフェノール化合物の含有量が高く,枯死・分解過程においてその一部が難溶性の腐食質となって底質中に埋め込まれていることが考えられるが,その過程や回転時間などの知見はほとんどない。藻場は炭素吸収源のみならず,栄養塩吸収による水質浄化や,水産動物の餌場および生息場として沿岸生態系において重要な役割を果たしているのは周知の通りである。藻場がもたらすこれらの効果を定量的に見積もるためには,藻場分布面積の正確な把握と,藻体の分解過程の解明が必要不可欠であろう。

引用文献
1)環境省(1994)第4回自然環境保全基礎調査 海域生物環境調査報告書 第2巻 藻場
2)村岡大祐(2003)エゾノネジモク.藻場の海藻と造成技術(能登谷正浩編著,成山堂書店),pp75-81.
(海区水産業研究部資源培養研究室)

Daisuke Muraoka