海洋構造変動パターン解析技術開発試験事業における東北ブロックの歩みと展望

清水 勇吾

 
国から県への1/2補助事業として水産庁が平成9年から実施した本事業(以下,変動パターン事業)には,精度の高い海況把握と漁海況予測に資するための技術開発を行うことを目指して,東北ブロック全県(青森・岩手・宮城・福島・茨城)が参加した。当初は平成13年度で事業終了予定であったが,見直しの後に平成17年度までの延長が決まった。東北水研は,東北ブロックにおける本事業の指導機関として位置づけられている。本稿では,過去5年間の歩みを振り返ったのち,今後の展望について述べたい。
 本事業は,東北ブロックで平成5〜8年度に実施された「海況情報収集迅速化システム開発技術試験事業」(以下,迅速化システム事業)の後継事業にあたる。迅速化システム事業では,各県調査船に整備されたADCP(ドップラー流速計)データを有効活用することに力を注ぎ,その結果,ADCPデータに含まれる系統誤差がデータの有効利用に大きな障壁となることを見出した。したがって,変動パターン事業では,その開始当初に,国内のADCP開発メーカーであるフルノ電気株式会社の協力のもと,系統誤差補正ソフト(通称Joyceプログラム)の開発に着手した。これは,Joyce (1989)の補正法に従って系統誤差を補正するもので(清水ほか2000),操作性と汎用性を重視してWindows上で動くよう設計された。平成11年度末にこのソフトが完成し,ADCPデータの系統誤差補正を簡単かつ速やかに行えるようになったのである。
 平成12年度からは,Joyceプログラムで補正したADCPデータを海況把握のために活用することに力点を置いた。具体的には,100m深水温分布とADCPによる流速ベクトル図の重ね合わせと模式化を行ない,流況をパターン化する作業を進めた。この作業は,水温分布パターンに応じた海水の移流や輸送のパターン化することを狙ったものである。その結果,いくつかの興味深い現象が見えてきたので,その一つを紹介する。東北海区で「黒潮系暖水」は100m10℃以上の水として定義されるが,この水が黒潮から東北近海にどのように北上してくるのかよくわからなかった。流況パターン化の結果,黒潮続流第1の峰から西に向かって暖水が波及し,常磐沿岸を南下するパターン(図1)がよく見られた。
 パターン化作業を行った2000年1月から2001年12月までの各月24例のうち,少なくとも10例について同様のパターンを認めることができた。また,東北水研が気象庁気象研究所及び東京大学大学院理学研究科と共同で2001年に投入した中層フロートの軌跡においても,このことは確かめられる(表紙写真)。したがって,常磐沿岸において,いわゆる「黒潮系暖水」は黒潮続流からまっすぐ北上してくるのではなく,黒潮続流第1の峰から北に放出された後,沿岸に向かって波及してくることが多いと考えられた。ただし,このメカニズムについては,今後の検討課題である。
 平成13年度には,それまでの取り組みをまとめ,東北ブロックの成果CD-ROMを作成した。これは,今年度,水産庁が発行する本事業報告書に添付される予定である。このCD-ROMには,Joyceプログラムとその説明ファイルや,各県が収集したADCPデータ,流況パターン化による模式図一式などが入っている。Joyceプログラムはすでに一般に公開されており,非営利目的であるなら東北ブロックの内外を問わず使用できるので,ADCP系統誤差補正のため,ご自由にご活用願いたい。
以上のような経過に基づいて,今後の展望について述べる。平成13年度までに流況のパターン化が終わり,流速データを用いた精度の高い海況把握という目的を果たしたものの,漁海況予測に資するという点においては不十分であった。幸いなことに,漁海況分析検討会議のもと本事業と並走して沿岸定線100m水温の解析が進められてきており,その中で自己相関を用いた海況予測手法が検討されてきた(伊藤ほか 2001)。平成14〜17年度においては,自己相関による水温予測モデルに,流速データという動的な要素を組み入れて,さらなる予測精度の向上を目指す。また, CTDの水温・塩分データやADCP の流速データの収集も続け,モデルの運用試験を行う。これらが順調に進捗すれば,各県地先の数ヶ月先の水温予測が可能となり,漁海況予報の高精度化・効率化を強く推し進めることができるはずである。
 
参考文献
伊藤進一ほか(2001):「沿岸定線100m深水温解析結果 について」の趣旨説明と解析方法. 水産海洋連絡会報, 31, 4-7.
Joyce (1989): On in-situ “calibration” of shipboard ADCPs, J. Atmos. Oceanic Technol.,6, 169-172.
清水勇吾ほか(2000):東北ブロックADCP系統誤差補正 ソフトについて. 2000年日本海洋学会秋季大会講演要旨, 149.
(混合域海洋環境部海洋動態研究室)

Yuugo Shimizu