学会賞受賞者紹介

 
 平成13年度,東北区水産研究所の3名の研究者が所属学会から賞をいただきました。授賞者のプロフィールと授賞の対象となった研究成果の概要を紹介します。
 

日本水産海洋学会賞(宇田賞)  沿岸資源研究室長 山下 洋氏 *)

 
 沿岸資源研究室の前室長山下 洋氏が,日本水産海洋学会から平成13年度水産海洋学会賞(宇田賞)を受賞されました。本賞は,我が国の代表的な水産海洋学者であり,先駆的な研究成果により世界的にも有名な故宇田道隆先生の業績を記念して平成7年から設けられたものです。毎年,水産海洋分野の研究で功績のあった研究者1名が受賞します。水産総合研究センターとしては,和田時夫主席研究開発官に続いて二人目となります。
 山下前室長は平成14年4月1日付で京都大学水産実験所に転出されましたが,本賞は東北水研沿岸資源研時代の研究業績に対して与えられたものでありますのでご紹介いたします。受賞課題は「沿岸性重要魚類の成育場環境と仔稚魚の成長,生き残りに関する研究」であり,特に,平成2年から10年まで参加した,農林水産技術会議大型別枠研究「バイオコスモス計画」において得られた成果が中心となっています。
 バイオコスモスでは,仙台湾におけるイシガレイの初期生態,資源生産と成育場の役割について研究されました。産卵場から成育場への卵・仔魚の輸送機構,成育場環境と着底稚魚の成長,生き残りとの関係等について,すでに多数の論文が国際誌等で発表されています。とりわけ,成育場の環境条件により稚魚期に形成された耳石のSr:Ca比が異なることを利用し,面積的には全成育場面積の数%でしかない河口干潟域において,イシガレイ資源の半分近くが生産されていることを定量的に明らかにした研究は,2年間にわたり漁業白書にも引用されるなど高く評価されています。さらに,このような耳石Sr:Ca比の成育場環境による違いが,河口干潟域における水温,塩分等の急激な変化による生理的ストレスを原因として引き起こされていることや,仙台湾産イシガレイ資源の水準が,基本的には冬季の西風の強さとそれを通した吹送流による輸送拡散によって決定されることなどに関する論文が,現在国際誌に投稿中と聞いております。一方では,海区水産業研究部(旧増殖部)の本題ともいえる栽培漁業研究に関して,ヒラメ幼稚魚の成育場環境と天然魚,放流魚の成長や生き残りとの関係に関する研究を推進し,生態特性を利用した効果的な種苗放流手法を開発するなど,栽培漁業技術関連分野への応用においても多くの業績を上げられています。
 これらの成果は,東北水研沿岸資源研究室を中心に,大学や県の研究機関,日本栽培漁業協会などとの共同研究によって得られたものです。今後,国公立大学の独法化など,水産研究所と大学等他の研究機関との間の壁はいよいよ低くなり,学術振興会の科学研究費などを通して大学と学際的な共同研究を行う社会的環境が整いつつあります。13年間水産研究所で仕事をされ,水産研究所の状況を熟知されている山下氏などを核にして,今後ますます建設的な研究交流が前進することを願っております。また,山下前室長の転任先の京大水産実験所の年間のべ利用者数は6000人にも及ぶと聞いており,フィールドを軸にした優秀な若手研究者が多数育成されることを期待しています。
(海区水産業研究部沿岸資源研究室長 栗田 豊)
 
*)平成14年4月1日付京都大学水産実験所助教授

日本プランクトン学会論文賞  海区産業研究室長 神山孝史氏


 神山孝史氏は,昭和60年4月,南西海区水産研究所(現:瀬戸内海区水産研究所)に配属され,当時瀬戸内海を中心に西日本海域の二枚貝養殖に甚大な被害を与えていた赤潮プランクトンのヘテロカプサに関する研究に一貫して携わってこられました。平成12年9月東北水研海区水産業研究部海区産業研究室長に就任後も,二枚貝養殖場における動植物プランクトンの生態研究を精力的に実施されています。
 この度,授賞の対象となった論文は,Takashi Kamiyama, H. Takayama, Y. Nishii and T. Uchida. 
“Grazing impact of the field ciliate assemblage on a bloom of the toxic dinoflagellate Heterocapsa circularisquama.(有害渦鞭毛藻ヘテロカプササーキュラリスカーマのブルームに及ぼす現場繊毛虫群集の捕食圧)” Plankton Biology and Ecology, 48, 10-18, 2001で,繊毛虫類の摂食がヘテロカプサの密度に及ぼす影響を綿密な実験により評価したもので,科学的な面だけでなく,ヘテロカプサ発生予測の基礎的研究として,実用面からも高く評価されています。
【授賞論文の要約】
 近年,有害渦鞭毛藻Heterocapsa circularisquama(ヘテロカプサ)は西日本各地で赤潮を形成し,二枚貝増養殖に甚大な被害を及ぼしている。そのために本種の発生機構の解明と予測技術の開発が急務であり,そのためには本種に対する動物プランクトンの捕食作用の解明が重要なテーマとなる。ヘテロカプサは動物プランクトンに対して害作用を示す例が示されているが,微小動物プランクトンの主要群である繊毛虫類の一部は,ヘテロカプサが低密度の時に無毒の餌料と同様に捕食し,活発に増殖できることが報告されている。特に,ヘテロカプサの細胞サイズは一般的な繊毛虫類が適する餌の大きさにあることや,繊毛虫類の増殖能力はヘテロカプサの能力を凌ぐこと考慮するとヘテロカプサの赤潮形成に繊毛虫群集の捕食作用が大きな影響を及ぼす可能性がある。本論文では,特殊な蛍光色素で染色したヘテロカプサを用いて,現場に出現する繊毛虫類の多くの種類の捕食速度を求め,現場における繊毛虫群集の捕食圧を推定,評価した。
無毒で生きた細胞の染色が可能な蛍光色素(CMFDA;5-chloromethylfluorescein diacetate)を使用して,現場海水に出現する各種繊毛虫類が細胞内に取り込むヘテロカプサの時間的推移から捕食速度を測定する実験を行った。この方法では,培養実験では測定できない種類の捕食速度を求めることができると共に,より自然に近い条件のもとでの捕食速度を求めることができる。ヘテロカプサが出現する夏から秋に赤潮形成初期を想定した5回の実験結果から,ヘテロカプサに対する15種類の繊毛虫類の捕食速度(0.2〜14.5細胞/個体/時間)を求めることができた。
さらに,ヘテロカプサが出現した海域における分布調査結果から,ヘテロカプサの密度が1000cells/ml以下の水塊では,ヘテロカプサが多いほどそれを捕食可能な繊毛虫類も多くなった。また。その時の各種繊毛虫類の密度と上記実験で得られた捕食速度から,ヘテロカプサに対する捕食圧を推定した結果,1日の繊毛虫群集の捕食量はヘテロカプサの細胞密度の3〜53%になった。調査日以降のヘテロカプサの細胞密度の推移の予測モデルに繊毛虫類の捕食圧を考慮した結果,4日後の細胞密度は,それを考慮しないモデルの予測値よりも実測値に概ね近くなり,繊毛虫類の捕食圧を考慮することが赤潮発生予測技術の精度向上をもたらすことを実証した。
(海区水産業研究部長 秋山敏男)

 

日本プランクトン学会奨励賞  生物環境研究室 高橋一生氏


 混合域海洋環境部生物環境研究室の高橋一生氏が,日本プランクトン学会第3回奨励賞を受賞しました。日本プランクトン学会には,現在奨励賞および論文賞があり,奨励賞は活発な研究活動を続けている若手会員に対して送られます。授賞対象となったのは,“砂浜域に生息するアミ類の生態学的研究”です。高橋氏は一連の研究の中で,砂浜域の砕波帯で卓越するアミ類3種の棲み分け,生活史,生産および捕食・被食関係を明らかにし,世界的にも研究が立ち後れていた砂浜域砕波帯の生産性の高さや沿岸生態系における役割を明らかにしました。特に,種や成長段階による砂浜域砕波帯の上部から下部および底と水柱の使い分けが時間帯,潮汐,季節によって変動する状態を鮮明に解明した研究は,内外で高く評価されています。私が高橋氏の研究発表を最初に聞いたのは,彼がまだ大学院生時代でしたが,その緻密な研究計画や整然とした議論の組み立てが抜群で驚いた覚えがあります。その後も,次々と新しい研究成果を出しつづけてそのいずれもが高い評価を得ており,私にとっては今回の受賞は当然のことに思えます。高橋氏は現在,砂浜域に加え,外洋域の動物プランクトンの生物学・生態学的研究を始めており,これから何を発見してくれるのかが楽しみです。
(混合域海洋環境部生物環境研究室長 齊藤宏明)