論文紹介
Relative contributions from exposed inshore and estuarine nursery grounds to the recruitment of stone flounder estimated using otolith Sr:Ca ratios
耳石ストロンチウム:カルシウム比から推定された,イシガレイの資源生産に対する外海域成育場と干潟域成育場の貢献度の比較
山下 洋,大竹二雄(三重大学),山田秀秋(東北水研 現西水研)

 干潟域は魚類の成育場として重要な役割を果たしていると言われてきました。しかし,これまでの研究はいずれも干潟域に稚魚がたくさんいるという程度の定性的なもので,どの程度重要か(魚類資源の生産にどれだけ貢献しているか)という定量的な研究は世界的にもほとんどありませんでした。本研究では,魚体内で唯一代謝を行わないことから,個体の生活履歴を示す履歴書とも言われる耳石の微量成分含量が,経験した環境によって異なることに注目しました。漁獲加入したイシガレイ成魚の耳石のうち,稚魚期に形成された部分の微量成分を分析することにより稚魚期の環境を調べ,成魚のうちのどのくらいの割合が幼期に干潟域で成育したかを推定しました。
 仙台湾におけるイシガレイ稚魚の成育場は,環境特性から,沖合水の影響を直接受ける外海に面した広大な砂浜海岸(外海域成育場)と,河口域やその周辺に発達する潟湖(干潟域成育場)に大きく分けられます。まず,両成育場で94年〜96年に採集された稚魚の耳石中のストロンチウム:カルシウム比(Sr:Ca比)を調べたところ,外海域で採集された稚魚では3.06〜3.85,河口・干潟域の稚魚では3.81〜5.32でした。このことから,少なくとも稚魚期に形成された耳石のSr:Ca比3.9を越える個体は,干潟域を成育場としたと判定できることがわかりました。これをもとに,仙台湾沖合において96年にトロール網で漁獲された94年,95年生まれの1,2歳魚42個体の耳石の稚魚期に形成された部分のSr:Ca比を測定したところ,少なくとも20個体が干潟域成育場で成育したことが推定されました。この結果は,イシガレイの全成育場面積の6%程度にすぎない干潟域成育場で,本種資源の約半分が生産されていることを示しており,干潟域の魚類の成育場としての重要性が定量的に明らかになりました。また,河口・干潟域で稚魚耳石のSr:Ca比が高い理由として,河口・干潟域における水温,塩分の急激な変動に対する生理的な反応が示唆されています。

(海区水産業研究部 沿岸資源研究室)
掲載:Fisheries Oceanography, 9(4), 316-327.
Yoh Yamashita