東北海区の海況予報の定期化と今後の方向
渡邊朝生

1.東北海区の海況予報の定期化
 東北区水産研究所混合域海洋環境部は,平成13年度から東北海区の海況予報の定期的な提供を開始しました。東北海区の海況予報を原則として毎偶数月に発行していこうというものです。これまでの海況予報は,6月のカツオ,7月のイワシ・アジ・サバとイカ,そして8月のサンマと続く一連の漁海況予報会議に合わせて作成し,会議の場での検討を経て,採択・公表されていましたが,定期化にともなって漁海況予報会議とは切り離し,水研が東北ブロック各県の協力を得て作成し,東北水研ホームページ上で公表する形としました。水産総合研究センター全体としても,独立行政法人となって業務の効率化とともにサービスの質の向上が求められるようになっており,その一環として漁海況予報のありかたについての検討が漁海況部会でなされているところです。今回の定期化についてはそれに先駆ける形で昨年度末に東北ブロックに提案し,了承を得て開始した次第です。ただし定期化とはいっても,水研の提供する海況予報は漁況の予報に役立つものである必要がありますので,予報会議の開催に合わせて作業を進めているというのが現状です。このため時期的に各県の最新の定線観測結果を取り込めない場合があるなど,まだ改善すべき点は多々ありますので,今後,さらに検討を進めたいと思います。なお,海況予報には東北ブロック各県のご協力により各県発表の地先の沿岸水温予測も併せて掲載させていただいております。
注)東北ブロック:青森県水産試験場,岩手県水産技術センター,宮城県水産研究開発センター,福島県水産試験場,茨城県水産試験場の5機関
2.冬季の海況予報への挑戦
 東北海区の海況予報が漁海況予報会議に合わせて発表されてきたこともあって,冬季〜春季を対象とした予報がありませんでしたが,今回の定期化に伴い,冬季の予報提供を開始することにしました。以前から,冬季から春季の親潮南下の程度が沿岸でのオキアミ漁やワカメ養殖等に影響することから,この時期の海況予報へは強い要請が寄せられておりました。また,社会的に大きな影響がある親潮の異常南下が発生するなど,水研としても予報の必要性の高い時期であるとの認識を持っておりましたが,とにかく現場観測が少なく,現況把握も儘ならない季節ですので,予報を出すなんてことは想像もできないことでした。少ないデータから海況図を作成し現況に関する情報を提供するところまでで止めざるを得なかったというのが実情です。これらの状況が,昨今のデータ同化技術の目覚ましい発展と海面高度の衛星観測データの活用による海況把握技術の向上により一変し,冬季においても一応の海況監視が可能になり,冬季の予報についても目途をつけられる状況になったことから,予報開始に踏み切った次第です。このような状況ですので,まずは試行的な意味合いが強いことをご理解いただいた上で,ご利用いただければと思います。なお,これらは水研内での内部努力の成果というよりは,ネットワーク環境の整備と外側の状況が大きく変わってきたことの恩恵というところですが,東北水研としても文部科学省プロジェクト研究「亜寒帯循環」,技術会議プロジェクト研究「協調システム」にて混合域に特化した海面高度データを用いた海況把握手法の開発研究を積み重ねていますので,それを予報に生かせる日も近いと考えています。
3.これからの海況予報
 昨年末に地球フロンティア研究システムから日本近海の変動予測実験を開始するとのアナウンスがありました。2ヶ月先程度までの黒潮流路の変動を予測できる可能性が見いだされたことを背景としています。モデルの解像度を高くし,現実に海洋の中で起こっているプロセスをモデルに取り込むことによりモデルのパフォーマンスは改良され,十数年前には想像の世界にあったものが,計算機の発展に伴い現実になってきたのだと思います。また,その発表資料によれば,モデルの開発が「排他的経済水域(EEZ)を適切に管理し,持続可能な開発を行うために極めて重要である。」ことが謳われていますが,これが水産資源の管理を強く意識し,そのユーザーとして水産試験研究機関を想定していることは想像に難くありません。これからの方向として過去の天気予報の進展と同じように,海況予報についても数値モデルを用いた現況把握と予報体制が整備されることは間違いなく,漁海況予報もこれに大きく依存することになると思います。残念ながら水研センターとして,この分野に関する研究の蓄積はほとんどありませんので,当面は国内,国外で行われる予報実験の進展状況を把握しながら,その活用方法を検討することにより本格的な海況の数値予報時代に備えることになります。
4.観測との連携
 数値モデルの発達で計算機の中の海に注目が集まりがちですが,実はそれと同時にそれに入力する現場観測データの重要性もまた高まっています。このため,国際的な協力の下に漂流ブイによる広域の海況把握観測網(ARGO計画)も整備されているところです。しかしながら,ARGO計画は緯度経度3度の区画で10日に1回の観測値を得ることを想定したもので,とても混合域を分解する観測密度を期待することはできません。日本周辺海域の海況把握,予測の高精度化には,現在,水産庁と各県の水試が実施している沿岸・沖合定線観測網の維持は必要不可欠なものでありますし,また,この資産を活用する形でのモデル開発が望ましいものだと思います。予報体制の確立には,観測を担当する機関,モデルを開発し,運用する機関の連携,特に観測データの流通体制の整備が重要になってきます。東北海区の海況予報を担当する者として,これらの大きな流れを踏まえて東北ブロックの水産関係機関との連携を図りながら海況予報体制の整備の一翼を担いたいと考えています。
(混合域海洋環境部 海洋動態研究室長)

Tomoo Watanabe