論文紹介
Application of microsatellite markers to population genetics studies of Japanese flounder Paralichthys olivaceus
-マイクロサテライトDNAマーカーのヒラメ集団遺伝学的研究への応用-
關野正志,原 素之 (養殖研)

 ヒラメの漁獲量を増大させるために日本各地で種苗放流事業が行われるようになるにつれて,放流用種苗が天然魚群に与える遺伝的な影響が懸念されるようになってきました。地域集団の遺伝的特徴を無視して種苗放流を行うと,それぞれの地域環境に適応するための遺伝子資源を損なうおそれがあり,長期的に見ると漁場生産力の低下を招く可能性があります。このような種苗放流による悪影響を防ぐためには,まず適切なDNAマーカーを使って地域集団の持つ遺伝的特徴を把握し,日本周辺海域における遺伝的集団構造を把握することが必要になります。そこで私たちは,極めて変異性の高いマイクロサテライトDNAと呼ばれる領域に着目し,これをDNAマーカーとしてヒラメの天然集団構造解析を試みました。
 日本周辺の7地域(日本海:北海道,新潟,および鳥取県; 東シナ海:長崎県;太平洋:岩手,千葉,および兵庫県)から,各地域44〜72匹(計400匹)のヒラメを採集し,すでに作出済みの11個のマイクロサテライトDNAマーカーを用いて分析を行いました。その結果,これらのマーカーはどの集団でも変異性が高く,鋭敏なDNAマーカーとして利用できることが分かりました。また調べた7集団については,集団間の遺伝的な違いは小さいものの,全体が遺伝的に均質であるとは言えないという結果が得られました。このことから私たちは,マイクロサテライトDNAは従来使用されてきた遺伝マーカー(アロザイムやミトコンドリアDNA)では検出できなかった,集団間の遺伝的な違いを調べるために有効なマーカーとして利用できると考えています。また今回の解析で明らかになった7地域集団間の遺伝的異質性が世代を越えて保たれているのかどうかを調べるため,さらに継続してヒラメを採集し,解析を行っていく必要があると思います。

(海区水産業研究部 資源培養研究室)
掲載:Marine Biotechnology 3 (572-589).
Masashi Sekino