私はこうして研修中毒・途上国中毒になった
山田秀秋

 平成12年9月25日から11月17日にかけて行われた「平成12年度第2回技術協力専門家養成研修(海洋環境保全コース)」に参加する機会を得た。短い研修だったが多くのことを学び考えた。ここでは、マレーシアでの出来事を中心に報告させていただく。
1.研修概要
 この研修は国際協力事業団(JICA)が実施しており、これまでに3,000人以上が受講し、その半数近くが受講後何らかの形で国際協力に貢献している。年3回実施されており、今回は、森林環境、海洋環境保全、技術教育・職業訓練、地球環境・環境アセスメント、人口・リプロダクティブヘルス、社会・ジェンダー調査手法の実践の計6コースから構成されていた。参加者は各コース7名前後であり、国家公務員、自営業、学生等様々な立場の人が集まり、中には専門家業でメシを食っていこうという人もいた。研修は、英語、一般、分野別国内課程、同海外課程の4課程からなった。海外課程では、海洋環境保全コースはマレーシアに10日間、他のコースも10日間程度東南アジア諸国を訪問し、視察等を行った。それ以外の研修は、国際協力総合研修所(新宿区)において実施された。
2.国内研修
 英語研修では、初日に行われたテスト結果を踏まえて専門とは無関係に5クラスに分かれ、文法、英語全般およびプレゼンテーション手法の3課題からなるカリキュラムが3週間にわたって実施された。高校1年生が1年間かけて習う内容を凝縮したという感じであった。一般研修では、1週間にわたって、国際協力概論や国際社会等に関する講義を聞いた。ここでは、気合いの入った一流の講師陣による極めて内容の濃い講義を聞くことができた。海洋環境保全コース分野別研修(国内課程)の講義は、水産分野の国際協力から学術的知見に至るまで広い範囲にわたった。ここではじめて水産関連を専門とする研修生が一同に会した。研修もこのあたりまで来ると毎日毎日雪崩のように詰め込まれる情報によって頭は飽和状態となっており、時間感覚が曖昧になってきた。そのような状況で、海外課程へとまさに雪崩れ込んだ。
3.マレーシアへ
 海洋環境保全コースのメンバーを乗せた飛行機は、紅葉まっ盛りの成田から蒸し暑いクアラルンプールへと降り立った。東京ディズニーランドの様に乱立する高層ビル群をみると、地震が少ないというのは経済面でかなり有利であることを実感することができた。
 大学や市場等を視察し、この国の教育・経済のレベルはもはや発展途上国ではないことが判った。日本の80%の国土面積に、2,000万人(日本での年間ヒラメ種苗放流個体数よりも少ない)しか住んでおらず、おまけに鉱物・生物資源は豊富ときている。一部の人は、近代的な大都会で金を稼ぎ、他の人々は自然豊かな田舎でゆったりとした生活を謳歌している。いったいどこに日本の協力の余地が残されているのだろうか。また、大学のレベルはかなり高く、日本からノコノコと出かけていっても相手にしてくれそうもない。暑さも手伝って、早くも日本に帰りたくなってきた。
 その後、クアンタンおよびクアラルンプール(午前1時起床)での市場見学等を経て、今回の目玉であるコタキナバル(ボルネオ島北部サバ州州都)へと向かった。サバ大学で3日間かけて疑似的な技術協力をするのがねらいだ。いざ大学へ到着してみると、疑似技術協力の日程が大幅に変更されていた。また、マレーシアはマハティール首相の国策として養殖を奨励しているが、沖合域の水産資源は手付かずであり、地元のニーズからみれば水産分野で貢献できるものはあまりないように感じられた。「いったい何をするために我々は来たのか?」とみんなで愚痴りあい、メンバーの士気は低下する一方であった。長い3日間になりそうであった。
 疑似技術協力では、サバ大学の学生にカウンターパート役になっていただき、3つのグループに別れて、実習・講義を行った。私のグループでは、初日には、マングローブ域で稚魚や甲殻類を採集して、野外調査の基本や意義を簡単に指導した。ここで、学生たちが日頃実験室に閉じこもりがちでフィールドに出ないことを知って驚いた。また、マレーシアは、少し前の日本よりももっと厳格な学歴社会であり、知識や実技を身に付けるために大学に来ている学生は少ないように感じた。しかし、彼らの真摯な態度は何よりの救いだった。夕食を共にした帰途のバスの中では、いつのまにか国際協力の意気込みは頂点に達していた。翌日には、採集・固定した標本を用いて、実験室において同定方法の基本を説明するとともに、生物群集の構造や種間関係、さらには環境保護の意義や方法について議論した。3日目には、みんなで大学の調査船に乗って、離島の実験施設等を視察した。我々日本人研修生は、蚊(マラリア)やソフトドリンクの氷(肝炎)を極端に恐れていた当初が嘘のようで、陽に焼けた顔はマレー人そのものであった。たった数日のつきあいだったが、学生たちを乗せたバスを見送るときには、一緒に大学に残りたい衝動にかられた。
 この実習を通じて、純粋で柔軟な学生たちがマレーシアの未来をどの方向に導くかは、教育次第であることを痛感した。この疑似技術協力は、サバ大学の学生たち、瀬尾博士ならびに同行していただいたJICAスタッフの御協力のお陰でうまく行きすぎた感があるが、とにかく、教育の重要性は身にしみて感じた。国際協力においても、文化・考え方の違いの障壁を取り除くには限界がある。日本人がその壁を壊すのではなく、カウンターパートに知識と基本的考え方を伝授し、あとの実践は彼らにまかせるべきだと思った。
 日本が抱える問題点も少しだけ考えさせられた。財政危機により、ODA予算削減論が現実のものとなりつつある。一方、これまで我が国が行ってきた国際協力はハコモノ・道路等、金のかかる事業が主体であった。この一因として、これらの事業が短期間で目に見える実績を残せることがあげられるが、果たして長期的にみて有効に機能しているのだろうか。金よりも時間、ハコモノよりも人材育成が大切であると思う。そういう意味で、積極的なODA削減は悪いことではないと思うが、今の発想から推定すれば、人件費や効果が直ぐには現れない教育・自然科学分野の予算が真っ先に削られるような気がしてならない。その他、環境問題は長期的にみれば経済効果と直結することをもう少し真剣に考えるべきだと思った。例えば、マレーシアでは森林地帯での伐採が河川の濁流化を招き、沿岸域のサンゴは壊滅的打撃を受けている。早急に対策を講じなければ、沿岸資源が近い将来減少していくのは目にみえている。伐採された木材の輸入国として、直視すべき課題である。
4.まとめ
 たった2ヶ月間の研修であったが、内容は濃かった。日常の業務から逃れて情報を一方的に次々と詰め込まれるのは、馴れてくると快感に感じられる。これは、研修中毒の初期症状といえよう。また、マレーシアでたった10日間過ごしただけだが、発展途上国には私が想像する古き良き日本を垣間みることができて、これも病み付きになりそうである。
 この研修に参加させていただいたからには、将来何らかの形で国際協力に貢献しなければならない。そのためには、今後さらに幅広い知識を習得する必要があると思う。特に、日本の文化・宗教等について一から学ぶ必要性を強く感じている。各講師の方々、JICA関係者各位そして現地でお世話になった瀬尾博士ならびに学生諸氏に心よりお礼申し上げる。
(海区水産業研究部 沿岸資源研究室 現西海区水産研究所石垣支所)
参考写真:サバ大学での実習
参考写真:研修生とJICAスタッフ

Hideaki Yamada