平成12年度貝毒分析研修会を終えて
鈴木敏之

 二枚貝は有毒プランクトンを摂餌することにより毒化します。幸いわが国では、近年、毒化した二枚貝による食中毒はほとんど発生していません。しかし、貝毒による食中毒は公衆衛生上、また二枚貝産業において大きな脅威であることには変わりありません。食中毒を未然に防ぐために、市場に出荷される二枚貝はその前に毒性試験を受けます。二枚貝の毒性試験として、わが国をはじめ広く世界各国で公定法として採用されている検査法は、生きたマウスを用いる動物試験です。しかし、近年、動物試験に対する倫理上の批判の高まりや、マウス試験の分析精度上の問題などから、動物試験に依存しない代替法を開発、あるいは普及させる気運が世界的に高まっています。もちろんマウス試験が直ぐに廃止されることはありませんが、こうした気運にも対応して、「平成12年度貝毒分析研修会」が去る9月25日から27日まで、資源保護協会の主催のもと東北水研で行われました。
 この研修会は、資源保護協会が平成12年度から始める水産庁委託事業「赤潮・貝毒対策技術向上支援事業」の一環として、機器等による貝毒分析の普及、並びに分析技術水準の向上、均質化、および継続性を図ることを目的としています。研修で実施する具体的な分析法として、最近、貝毒研究の分野で一般的になりつつある高速液体クロマトグラフィー法(HPLC法)や酵素免疫測定法(ELISA法)、また、先端的な分析手法として注目されている高速液体クロマトグラフィー/質量分析法(LC/MS法)などが挙げられています。
 本年度は、この事業の最初の研修会として、東日本で問題になっている下痢性貝毒を対象に、北海道、青森県、岩手県、宮城県、福島県、茨城県、千葉県、秋田県、山形県、新潟県の試験研究機関に所属する研究員を集めて実施しました。講師は貝毒研究の世界的な権威である東北大学名誉教授の安元健先生、貝毒のELISA法による分析ではわが国の第一人者である大阪府立公衆衛生研究所の濱野米一先生をお招きし、東北水研からは筆者が加わりました。研修会の第一日目は、安元先生による「下痢性貝毒の概論」、濱野先生による「ELISA法による下痢性貝毒の分析」、筆者による「HPLC及びLC/MS法による下痢性貝毒の分析について」と題する講義から始まりました。講義の後、東北水研内の施設の案内と分析機器類の説明を行い、その後、会費制立食懇親会で参加者の親睦を深めて一日目を終了しました。
 二日目の午前は濱野先生によるELISA法による貝毒分析研修が行われました。この研修は、参加者全員がELISA分析キットを手にして濱野先生が用意された試料の毒量を測定し、測定結果を突き合わせて分析法の再現性を確認する、という内容でした。濱野先生のご指導のもと、初心者が初めて行った分析としてはかなり均一な分析結果が得られ、参加者各自がELISA分析のポイントを理解することに役立ちました。午後からはHPLC分析研修が行われました。研修は下痢性貝毒成分の中では最も危険な成分であるオカダ酸群のHPLC法に焦点を絞って実施しました。この手法は安元先生らにより開発された手法で、現在、広く世界的に使われている分析法です。この手法を筆者が実演し、参加者が不明な点について質問し、筆者やまた必要に応じて安元先生が詳しい解説を行うという内容で研修は進められました。毒化した二枚貝を使用して分析研修を行ったのですが、毒成分が明瞭に検出され、HPLC法の理解に役立てることができました。分析法を開発された安元先生ご自身の解説は、研修者のみならず、筆者にとっても極めて貴重な体験になりました。
 三日目の午前はLC/MS法による貝毒の分析研修が行われました。LC-MS法は分析機器が高価で維持管理も煩雑であるために、機器自体がまだ普及しておらず、ほとんどの研修者がこの研修で初めて接した分析機器のようでした。したがって、細かい操作や試料の前処理などに焦点を絞るのではなく、手法の概要を理解していただく趣旨の研修になりました。午後からの総合討論では、水産庁漁場資源課の大久保班長にもご臨席いただき、参加者各自が研修会の感想や希望を述べて締めくくりました。
 日程的にはかなり過密な研修会でしたが、参加された研修者の皆様や講師の先生方の熱意に支えられて、内容の濃い研修会になりました。この研修会を主催された資源保護協会の皆様、研修会に参加された皆様や講師の先生方にはこの場を借りてお礼申し上げます。
(海区水産業研究部 海区産業研究室)
写真 ELISA法の研修風景(写真右から2人目は濱野先生)
Toshiyuki Suzuki