有害プランクトンと繊毛虫類の相互作用
―繊毛虫類は有害プランクトンにどのような影響を受け、どのような作用を及ぼすか?−
神山孝史

 海の動物プランクトンといえばカイアシ類やヤムシ類のようなネットで採集されるものをイメージする方が多いが、沿岸域では数で圧倒的に卓越する動物群がネットでは採集できない原生動物プランクトンであり、繊毛虫類はその代表的なグループのひとつである。その出現密度は、最高104〜105個体/lの桁に達し、植物プランクトンに匹敵あるいはそれを凌ぐ増殖能力をもつことが知られている。海洋生態系におけるその役割は、ネット動物プランクトンが利用しにくいナノプランクトンやバクテリア等微生物を効率的に摂食し、自らはネット動物プランクトンの餌料となることによって食物連鎖上の高次生産生物につなげることである。しかし、我が国沿岸域での出現状況等基礎的な知見は少なく、現場における低次生産システムでの役割に関する情報は非常に少ない。
 これまで私が研究フィールドにしてきた広島湾は瀬戸内海の中でも閉鎖性が強い内湾であり、マガキ養殖が非常に盛んに行われているが、有害プランクトンが増殖し赤潮を形成する海域でもある。有害プランクトンに対する繊毛虫類の反応はお互いの顔ぶれでかなり異なる。ここでは有害赤潮Heterosigma akashiwo(ヘテロシグマ)、Heterocapsa circularisquama(ヘテロカプサ)とAlexandrium tamarense (アレキサンドリウム)に対する繊毛虫類等の個体群動態、増殖応答および摂食作用に関するこれまでの研究成果を紹介する。
ヘテロシグマ赤潮の消長に伴う微生物および繊毛虫類の変動特性
 広島湾北部から西部の沿岸では初夏にヘテロシグマによる赤潮が恒常的に発生する。1995年にその消長に合わせた定点調査を行い、微生物および繊毛虫類等の微小動物プランクトンの変動特性を調べた。一般にヘテロシグマは種々の動物プランクトンに拒食され、その赤潮形成は植食性繊毛虫類の出現密度の顕著な減少を引き起こす。本調査でも、繊毛虫類(有鐘繊毛虫類)の出現密度と種多様度は赤潮形成と共に減少する傾向が認められ(図1)、本種の赤潮が植食性動物プランクトンの衰退を引き起こすことが示された。一方、バクテリアの出現密度の推移には赤潮形成直後と崩壊直後にピークが現れ、その捕食者である従属栄養鞭毛虫類(HNF)の出現密度のピークが1〜3日のタイムラグを置いて現れた(図1)。赤潮崩壊後直後には無殻繊毛虫類の顕著な増加も認められた。これら3群の関係から赤潮崩壊時には赤潮藻の溶解によって生じた有機物を栄養源としてバクテリアが増加し、それを捕食するHNFあるいは繊毛虫類が増殖したと解釈することができる。このように赤潮発生時にはバクテリア由来のエネルギーフローが活発化すると考えられた。
ヘテロカプサとアレキサンドリウムに対する繊毛虫類の増殖応答と摂食作用
 ヘテロカプサは夏季から秋季に増加し、貝類を特異的に殺す悪玉藻類である。室内培養実験の結果では、ヘテロカプサがおよそ1000 cells/ml以下の時に繊毛虫類Favella 属2種は活発にそれを摂食し、増殖した(図2)。最高増殖速度は無毒の生物を餌料としたときと同等であった。しかし、本種が4000 cells/ml以上の密度になると繊毛虫類Favella taraikaensisについては数時間後に形態異常が現れ、1日以内に死滅する現象が認められた。ヘテロカプサが高密度状態でも一時的にF. taraikaensisは摂食すること、その培養濾過液に害作用がないことおよび両者の詳細な観察結果から、ヘテロカプサが高密度状態で起きるF. taraikaensisの死滅はその細胞表面に直接ヘテロカプサが接触することによって起きると推察された。ちなみにヘテロカプサの赤潮形成過程にあった広島湾での現場調査では、Favella spp.は、1000 cells/ml以下の時にはヘテロカプサの密度が高いほど出現密度が高くなる傾向があったが、103 cells/ml以上の桁になると極端に減少した。
 また、現場繊毛虫類群集に蛍光色素で標識したヘテロカプサを餌料として与え各種繊毛虫類の蛍光標識藻類の取り込み速度を調べることによって、本種に対する現場繊毛虫類の摂食速度を測定した。その結果、有鐘繊毛虫類16種、無殻繊毛虫類3種の摂食速度を求めることができた(0.2〜14.5 cells/個体/時間)。さらに、その結果とヘテロカプサの増加時期における各種繊毛虫類の出現密度から、広島湾でのヘテロカプサの細胞密度に対する繊毛虫類の摂食圧を求めた。その結果、1日あたりの繊毛虫類の摂食圧は0〜42%となり、海域によってはヘテロカプサの動態に大きな影響を及ぼすと推察された。
 アレキサンドリウムは春季にカキ等二枚貝の毒化を起こす悪玉藻類である。アレキサンドリウムに対するF. taraikaensisの増殖応答を室内実験で調べた結果、F. taraikaensisの増殖速度と摂食速度はアレキサンドリウムの密度を変数とする式でいずれも近似することができた(図3)。この式からF. taraikaensisの最高増殖速度は0.82 分裂/日、最高摂食速度は4.0 cells/個体/時間、F. taraikaensisが増殖するためのアレキサンドリウム密度の閾値は24 cells/mlとなった。また、現場海域におけるアレキサンドリウムとF. taraikaensisの出現密度から、アレキサンドリウムに対する摂食圧を推定することが可能となり、密度閾値を越えた時の摂食圧はアレキサンドリウム個体群に大きな影響を及ぼす可能性が示された。ただし、瀬戸内海ではこの密度閾値を越える時期は短く、通常それより低密度で本種由来の貝毒が発生している。したがって、繊毛虫類の摂食はアレキサンドリウム個体群が上記の密度閾値を越え増殖する時や崩壊する過程で機能するが、貝毒発生以前の初期増殖期にあるアレキサンドリウムに対して機能し難いかもしれない。
今後の展開
 以上のように広島湾では繊毛類等微小動物プランクトンが赤潮形成や貝毒崩壊に関与すると考えられるが、二枚貝餌料としての貢献も無視できない。内湾域では微生物の生産が盛んであり、そのかなりの部分が繊毛虫類を通じて貝類の生産に貢献していると推察される。こうした視点は広島湾だけでなく、二枚貝養殖が盛んに行われている東北沿岸海域でも共通するものであろう。繊毛虫類等微小動物プランクトンの微生物生産と二枚貝生産をつなぐ役割の解明が今後の課題である。
(海区水産業研究部 海区産業研究室)

Takashi Kamiyama