試験研究への期待
−挨拶にかえて−
伊藤克彦

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(旧所属:日本海区水産研究所)
 2000年(20世紀最後の年)そして21世紀の扉が何ヶ月後には開かれようとしています。
今世紀は,私どもにめざましい社会経済的な繁栄と,その代償としての環境の荒廃をもたらしました。そのため,次世紀の私達の生活は,これからの環境の動向によってその方向が決定づけられることになるかもしれません。そして,将来の環境の鍵は,今後50年で28億人が増加して87億人に達すると推定されている人々の活動のあり方によって握られているとも言われています。一方,地球上の自然の量は拡大することのない限られた資源であり,農地,森林,海洋漁場などからの持続可能な生産量は,今日より飛躍的に増加することは期待できません。例えば,海洋・淡水域から生み出される世界の漁業生産量はすでに限界に近づきつつありますし,我が国の漁業生産量は減少傾向にあります。
 このような地球規模と身近な環境及び自然資源の現状を背景にして,私たち水産研究に携わる者が新しい世紀において担う役割を考えるとき,今日までの研究をとりまく状況の推移をふり返り,今後に想定される水産の諸課題について自らの問題としてとらえ,研究にとりくむ新たな心がまえをもつことが大切です。
 わが国は今日まで,沿岸漁業等振興法等にのっとり水産振興のための諸施策を進めてきています。その中で,「施策」と「試験研究の位置づけ」は状況に応じて重点化されています。このことは,毎年,国会(常会)に提出されている「沿岸漁業等について講じようとする施策」からも読みとれます。例えば,昭和41年から平成12年までの施策の推移の概略をながめると,漁業・水産資源関連については漁船漁業が世界に展開した昭和40年代の「海洋水産資源の開発の推進」から,実質的な200海里時代が始まり,漁業活動が遠洋からわが国周辺水域へと縮小過程にあった昭和50〜60年代の「我が国周辺水域における水産資源の開発と増養殖の推進」〜「我が国周辺水域の漁業振興」へ,さらに国連海洋法条約の批准・発効をうけた平成8〜11年までの「新海洋秩序下における我が国周辺水域の漁業振興」〜「新海洋秩序下における資源の適正な管理とつくり育てる漁業の充実」に,そして平成12年(西暦2000年)には,国連海洋法条約の定着により「水産資源の適正な管理と持続的利用」という新時代にむけた目標が掲げられました。
 一方,試験研究については,昭和40〜50年代の「水産技術の高度化対策等」から平成元年以降の「新技術開発の強化」・「水産新技術の開発と試験研究の強化」へ,さらに科学技術創造立国をめざした科学技術基本法の制定(平成7年)と科学技術基本計画の策定を背景に「技術開発の推進と試験研究の強化」として位置づけられました。そして平成12年に「技術の開発・普及:技術開発の重点化および基礎的研究の推進」により研究の重要性が強調されています。
 また水産庁は,平成11年8月にとりまとめられた水産基本政策検討会報告書をうけ,同年12月に水産基本政策大綱を定め,具体的施策の展開方向として,(1)水産資源の適正な管理と持続的利用,(2)漁業管理制度(漁業権,漁業許可,漁船管理等)の見直し,(3)漁業の担い手の確保と経営の安定,(4)水産物流通の効率化,水産加工業の体質強化と消費者対策の充実,(5)漁業地域の活性化,(6)効率的・効果的な水産基盤の整備,(7)漁協の役割の明確化と事業・組織のあり方の見直し等7項目を位置づけました。そして,とくに今後の水産施策の推進に必要な技術的課題に対応した技術開発および試験研究目標の重点化と効率的推進を図るため,平成12年6月には10年先を見据えた技術開発戦略がまとめられて試験研究の目標と役割が提示されました。
 わが国における漁獲量の継続的な減少と資源水準の低下の傾向は,排他的経済水域内の水産資源を将来にむけて持続的に利用できる水産業の構築と水産食料の自給率向上の先ゆきに大きな危惧を与えています。技術開発を担う試験研究には,この危惧を払拭するための先導的役割が期待されているだけでなく,その真価が問われています。試験研究とくに産業研究に携わる者が備える心がまえについて,以前に諸先輩から「組織として解決すべき重要な問題・課題を私的な関心事に囚われることなく自ら考え摘出すること(したい研究から,しなければいけない研究への意識の切換え)が基本であること,問題の解決には,今までに培われてきた専門性等を駆使して,いかなる手だてを用いても的確な成果を出すことができればよい(解決のための手段は問わない)こと,さらに設備や予算などの不備不足を嘆くまえに自由に発想し,失敗を恐れず研究にとりくむこと,また研究管理者は研究推進の状況を正確に理解・把握し,実施者が問題解決にむけて十分な能力を発揮できる環境づくりに心がけること等々」を頂戴したことが思い出されます。これらの言葉は,時を移した今日でも,研究専門職としての自覚と誇りと気概をもって研究に従事する大切さを示唆しているように思います。
 東北区水産研究所は,黒潮と親潮がぶつかる世界有数の好漁場のひとつである「混合域」における水産資源の持続的利用技術並びに海域生態系と調和した漁業生産技術の確立のための科学的基盤を固める役割を担っています。また,東北ブロック各県の試験研究機関の役割は,混合域を生産場として各県の特色ある水産振興のための技術開発を図ることにあると理解しています。優れた漁場である混合域の生物資源を基盤にした水産振興をはかるための技術開発課題に対応した研究目標を達成するには,役割を分担する研究機関間の連携協力が必要不可欠ですし,また分野毎の研究の深化は勿論のこと,複数の学問領域が参画した学際的研究の構築と機能発揮に対する意識的なとりくみが,これまで以上に重要な鍵となります。
 東北区水産研究所は平成13年4月に独立行政法人水産総合研究センターの一組織として統合されますが,研究目標と研究は「水産研究・技術開発戦略」にそってひきつがれる予定です。関係機関各位のなお一層のご協力とご支援をお願いする次第です。
(H12.1.10付け所長)

Katsuhiko Ito