係留系の回収・設置作業奮闘記
植原 量行

1.事の始まり−若鷹丸の中で
 2000年4月中旬,私は生物環境研究室の方々と若鷹丸に乗船し,襟裳岬沖親潮集 中観測線上の観測に向かっていました.折しも北海道有珠山の噴火で慌ただしい 時でした.出航後の最初のミーティングで,船長から若鷹丸も5月に有珠山対応 を行なう旨,お話がありました.その時は具体的に何をすることになるのか,私 には知る由もありません.そうこうしているうち,観測が始まりましたが,不幸 なことにしょっぱなからLADCP(Lowered Acoustic Doppler Current Profiler)と 通信できなくなり,伊藤さんとFAXで連絡を取り合いながらくそ忙しい観測の合 間に原因を探るという厄介なことになってしまいました.こんな時は忙しさが重 なるもので,北海道区水産研究所(北水研)から,5月に予定されているA-lineの 係留系3系の回収・設置に関して東北水研にお助けコールがかかり,紆余曲折を 経て私が行くことになりました.係留系は長いもので3km近くあり,1年間海中に 設置しているので金属部分は電蝕でぼろぼろになってしまいます.したがって大 がかりな係留系ほど準備が大変なのです.北水研にいる日下さんと,船上での FAXのやりとりというもどかしさと闘いながら準備を進めました.それは日下さ んとて同じであったろうと思います.結局,北水研に何があって何が足りないか を双方で把握するために,4月の若鷹丸の航海が終了したら釧路へ行き,最終的 な打合せをすることにしました.

2.まず釧路へ
 2週間の若鷹丸の4月の航海から下船した次の日,私は空の人となって釧路へ飛びました. ゴールデンウィーク前だというのに釧路は横殴りの雪です.学生時代12年間北海道にいたとはいえ, この時期の雪はさすがにぞっとしました.しかし,日下さんの案内で係留系に必要な機器や道具を 確認し,お互い状況を把握できたのでひとまず安心すると同時に,この時点で係留系の回収設置の 成功を確信できました.夜には津田さんを始めとする海洋部の方々に心温まる歓迎会を開いて もらい,気持ち良く残雪の釧路を後にしました.

3.いざ回収へ−再び若鷹丸
 さて,いよいよ5月になり,A-lineの係留系回収・設置の航海が始まりました. 船に乗り込んだのは北水研の津田さん,日下さん,そして私の3人の研究者と,3 人のアルバイト学生です.風はほとんどなかったと記憶していますが,通過した 低気圧のうねりが多少残っており,船は軽いピッチングを繰り返します.私たち は研究室で系の回収の準備をしておりましたが,学生達はあっちゅうまにピッチ ングにやられていなくなってしまいました.ふと見ると,日下さんの顔色も悪く なっており,船が係留点に着いてから作業をすることにしました.
 なんだかんだと準備は進み,船も進み,いよいよ最初の係留系を回収する時がやっ てきました.この日の早朝は幸い凪も良く,視界も良好です.切離装置に音波信 号を送るためにトランスデューサを海中に下ろし,船上局から水深3700mにある はずの切離装置を呼び出します.この場面は何回やっても緊張します.信号が帰っ てくるだろうか? 帰ってこなかったらどうしようか? と考えてしまい,逃げ出 したくなります.案ずるより産むが易し,果して信号は帰ってきました.しかし まだ安心するわけには行きません.すかさず,距離を測定し,切り離しのコマン ドをかけます.しばらくの応答信号の後,切り離し完了の信号が雑音の中から聞 きとれました.切り離し完了の信号は,フックを外すピストンがアースしなけれ ば発信されませんから,この信号は少なくとも切離装置のフックが正常の動作し た事を示します.後は浮上してくる係留系を発見するだけです.私は緊張の極限 状態の中,全く使えないビーコンを片手に,「あった」の声を聞き,ほっと胸を なでおろしました.このあと,若鷹丸の皆さんの完璧な回収作業のおかげで,機 器類はすべて無事に回収できました.ぼろぼろのシャックルを交換し,機器類に 電蝕亜鉛を取り付け,再び若鷹丸の皆さんの完璧な設置作業のもと1つの目の系 の回収・設置を午前中に終えました.かなり良いペースで1系目が終ったので, その日もう一つの系を上げることになりましたが,最悪なことに霧が深くなり, 視界は2〜300mになってしまいました.これでは回収は不可能です.しかし,1等 航海士の素晴らしい判断で,霧が晴れた刹那に切り離しコマンドをかけ,奇跡的 に2系目も回収に成功しました.この日の研究者,若鷹丸のチームワークで著し く時間を稼ぐ事ができました.
 結局,この日のみんなの頑張りが効いて,次の日も完璧に回収・設置をこなし, たった2日で3系の回収設置を終えることに成功しました.これも若鷹丸の高い技 術に裏付けられたチームワークのおかげだと思います.その後の残りの日数では, 予定よりもはるかに多くの海洋観測を完璧にこなし,1日残して洋々として釧路 へ戻りました.釧路に戻ると,北水研で盛大な歓迎会をして頂きました.この場 をお借りして稲田所長を始めとする北水研の方々に感謝申し上げます.また,ここ ではとても記せないほど多くの方々のサポートがありました.感謝いたします.
 来年係留系が無事回収できることを祈りつつ,奮闘記を終りたいと思います.
(科学技術特別研究員)
写真
係留系の回収作業風景

調査に使用している係留系の流速計部分

Kazuyuki Uehara