Only Power, No Brainで申し訳ありません
植原量行

 今年の1月に科学技術特別研究員として,東北区水産研究所混合域海洋環境部海洋動態研究室にやって参りました.自己紹介するほどの者ではありませんが,このような機会を与えて下さいまして感謝しております.
 私は九州で生まれ育ち,20代を北海道で過ごしました.今年になって生まれてはじめての本州暮らしに,今までは僻地にいたんだと改めて実感しています.塩竃に来て半年,ようやくこの辺りの人達の車の運転状況,地理感覚,方言のイントネーションなどが分かりかけてきたところです.また,研究室で日常繰り広げられるレベルの高い会話やラベルの異なる会話はもとより,昼休みのサッカーなど充実した日々を送っています.
 さて,私は少年時代から野球を始め,以降,中学,高校,大学,社会人野球まで約22年間にわたって野球を続けてきました.従って,私の人格,性格の形成に対して野球は大きな影響を与えています.つまり,人間の性質を体育会系と文化系に分けるなら,私は間違いなく体育会系で,その最右翼と言えます.世の中の体育会系の方々を見たらお分かりだと思いますが,行動が迅速で無理が効くと言う反面,残念ながらどうしようもなく 'Only Power No Brain' と言わざるを得ません.サッカーならまだしも,皆さんとテニスをしているときなど,何度となく,そして性懲りもなくエンドラインをボールが落ちる気配もなく通り過ぎるようなショットを打つ私を見てがっくりされたことでしょう.'Only Power No Brain' ということで水に流して下さい.これからは,少しは学習して,'Only Power No Brain' を返上し 'Only Power but a little Brain' くらいにはなりたいと思っています.
 この調子で自己紹介を続けていたら,まるで,サッカーやテニスをしに東北水研に来たかのように思われてしまうので,本業の話をしたいと思います.私は平成10年3月に北海道大学大学院水産学研究科博士課程を修了しました.専門分野は物理海洋学です.北太平洋亜寒帯循環の西岸境界流と考えられている親潮や,深層西岸境界流を,係留系を用いた観測データから研究してきました.これらの研究は直接水産業には結び付かないかも知れませんが,親潮の流れが東北海区などの漁海況を左右するという点で,水産学にとって重要な基礎的研究であると考えています.また,私は自分のフィールドでなくても船に乗っていろいろな観測をやってきました.その中には,オホーツク海やサロマ湖のホタテ貝漁場の海洋環境を探るため小型漁船での定点25時間連続観測というのもありました.この観測は数々の事故が重なり,開始6時間で飲料以外のすべての食糧が食えなくなると言う事態になってしまいました.また,船の柵などに水平につららができる厳冬の北海道噴火湾の観測も幾度となく行ないました.これらの観測は体力的にも精神的にも非常に厳しいものがありましたが,なんとか完遂できたのは野球で鍛えられたからと言えます.このように私の研究スタイルは,現場の観測に始まり,そしてそのデータを解析し,観測された現象の物理的記述あるいは解釈 (理論的考察) を行なうというものです.観測の結果得られたデータは,物理的にいろいろな時間スケールの,従っていろいろな空間スケールの現象がすべてではありませんが一緒くたに混ざっています.この,言うなれば雑多なデータから自分が対象としたい時空間スケールを抽出する際に,応用数学という客観的な方法を用いはしますが,自分の主観や主張が混入します.私はここに観測データの醍醐味が存在すると思うのです.逆に言えば,もっとも気を使う場面と言えるでしょう.
 さて,ここでもう少し具体的に私が行なってきた研究を紹介させて下さい.前述しましたように,私は係留系を用いて親潮や深層西岸境界流を直接測流してきました.私が用いた係留系は,全長1000m〜2000mほどのロープに流速計や浮き玉を取り付けたものです.これを北海道襟裳岬南東沖の水深1700m〜3500mに設置し,流れを測定するのです.これまでの親潮はその水塊特性から議論されることが多く,流れの特性はほとんど解っていませんでした.これは,黒潮などの亜熱帯海域と違って,亜寒帯海域,特に親潮域は水温が低いため流れを決める密度場が水温より塩分に支配されていることに依ります.つまり,シノプティックな水温場からは親潮の流れの構造がなかなか見出せないのです.そこで私は直接親潮の流れを測定し,深くまで達する定常的な傾圧構造の存在によって,親潮の平均流が変動成分に対して卓越する,すなわち,親潮の流れが非常に安定していることを見出しました.さらに,親潮の顕著な季節変動には,北太平洋上の風応力に応答する順圧的なものと,岸寄りに低塩分水が堆積することによる傾圧構造の強化という2つの側面があることを示唆しました.一方,深層流に関する理論は現在混沌としており,海底地形あるいは形状が循環に対して極めて重要であるとの見方は認識されているものの,決定的な理論は存在しないと言えます.さらに,対象とする場所が3000m以深の深海であるため観測が非常に難しいという事情があって,観測による研究はあまり進んでいません.その中で私はやはり係留系によって深層流を直接測流し,海溝斜面に沿う南向きの深層流の存在を示し,さらに,斜面上の10数日周期の流速変動が海溝の急斜面の存在によって生じていることを示しました.
 今後は,親潮の流れが東北海区の漁海況にどのように作用しているかということを背景に,親潮の流れの構造をより深く研究するとともに,亜寒帯循環の表層から深層に至る流れの構造を観測により明らかにし,これらが直接的,間接的にどのように海洋の生産力に寄与するのかという点に触れていきたいと考えています.限られた期間ではありますが,どうか宜しくお願いします.
(科学技術特別研究員)

Kazuyuki Uehara

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