化学物質の植物プランクトンに及ぼす影響試験法の検討

奥村 裕


 近年、わが国沿岸で頻発したタンカー事故による流出重油や油処理剤、あるいはその他の化学物質の水生生物に対する影響が問題になっている。これまで、化学物質の水生生物に対する生態毒性試験は、OECDのガイドライン1)などに示されている試験法を使って行われてきた。この中で植物プランクトンに注目した場合、試験藻類はすべて淡水産が選定されており、海産植物プランクトンへの影響はほとんど調べられていない。そこで、海産植物プランクトンに対する各種化学物質の影響を明らかにするとともに、海産植物プランクトンを用いた生長阻害試験法の開発を試みたので、下記にその一端を紹介する。

実験方法

 一定濃度の化学物質の入った培地を作成し、プランクトンによる96時間生長測定を行い、OECDの面積法に従ってEC50(対照区のプランクトンに比較してその生長が50%となる被験物質濃度)の算出を行った。

1.溶解助剤の毒性

 溶解助剤とは、難水溶性化学物質(例えば、多環芳香族炭化水素や農薬原体)を水中に高濃度溶解分散させるために使用する有機溶剤や界面活性剤などを言う。実験から明らかにした有機溶剤のEC50(図1)より、エタノールとメタノールはEutreptiella sp.、Isochrysis galbana、あるいPavlova lutheriに対して100ppm未満の低濃度で生長を阻害するため、溶解助剤としては不適当と考えられた。一方、DMSO(ジメチルスルホキシド)は比較的どのプランクトンに対しても毒性が低く、EC50は10000ppm近くあり、今回実験に用いた有機溶剤の中で、溶解助剤として最も適していると考えられた。界面活性剤(Tween80とHCO100)は、EC50が有機溶剤よりも低いか、逆に一部プランクトンに対しては生長を刺激するなど、溶解助剤として不適当と考えられた。

2.重油の毒性

 重油水溶性画分の植物プランクトンに対する影響、及び重油に油処理剤を加えた水溶性画分の影響について検討した。重油水溶性画分は、水溶性画分80%濃度区で珪藻のSkeletonema costatumとChaetoceros calcitransに生長阻害が観察され毒性をもつことが示唆されたが、Tetraselmis tetratheleとDunaliella tertiolectaに対する影響は少ないと判断された。一方、油処理剤も添加した場合は、S.costatumとC.calcitransでは1.25%濃度区ですでに生長が阻害され、T.tetratheleも濃度区20%以上で、D.tertiolectaも40%以上で生長が遅くなるなどの影響が観察された。油処理剤添加によりプランクトンの生長阻害が強く現れた原因は、油処理剤による影響というより、むしろ油処理剤により水溶液中の油分濃度が増加したため、プランクトンの生長が阻害されたと考えられた。

3.芳香族炭化水素の影響

 最後に、芳香族炭化水素、主に多環芳香族炭化水素の影響について調べた。この実験の目的の第一は、芳香族炭化水素に対する感受性比較により毒性試験に用いる海産プランクトンとしてどの種類が適当か検討することである。また、重油の毒性試験では、重油の種類が異なると含有成分が異なるため、プランクトンに対する毒性も異なるという報告がある。そこで、主に水溶性画分の成分である芳香族炭化水素を用い、個々の物質について毒性を調べ、脂質に対する溶解度(オクタノール/水分配係数=logPowを使用、細胞膜に対する透過性の指標)との関係について検討することが第二の目的である。結果は、D.tertiolectaを除いた7種類の植物プランクトンに対して、ジベンゾチオフェン、フェナントレン、フルオレンともEC50は1ppm未満であったのに対し、ナフタレン、ヒドロキシビフェニルは1ppm以上あるものが多く、比較的低毒性であると考えられた(図2)。プランクトンの感受性について比較すると、D.tertiolectaはEC50を求められない場合もあり、感受性が低く毒性試験には適さないことがわかった。一方、感受性の高いプランクトンは、芳香族炭化水素の種類によって異なるため、明確に毒性試験に適した種類を選定することは困難であった。
 次にこの毒性値とlogPowとの関係について調べた(図3)。プランクトン毎に見た場合r2=0.57〜0.95と高い相関関係があった。農薬など他の化学物質でも直線関係になることが知られており、原因は脂溶性の高い物質は生体内の脂質に親和性が高く組織や細胞に取り込まれやすいため、濃縮され強い毒性を持つと考えられている2)。今回得られた7種類の海産植物プランクトンのEC50値とlogPowの相関式はlogEC50=-0.81logPow+274(r=0.71)となり、芳香族炭化水素のlogPowがわかれば、おおよそのEC50が推測できることになる。
引用文献
1)(財)化学品検査協会(1984)OECD Guidlines forTesting of Chemicals.(日本語版),東京
2)川合真一郎、山本義和著(1998)新版-明日の環境と人間 、化学同人

(海区水産業研究部 海区産業研究室)

Yutaka Okumura

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