紅藻ツルシラモ(Gracilaria chorda)の再生および傷害組織形成過程

村岡大祐


 紅藻オゴノリ属植物 (Gracilaria) は熱帯から温帯に広く分布する海藻で,強い再生力を持つことが知られている。藻体の細胞間には寒天成分のアガロースを大量に含んでいるため,寒天原藻としての需要が高く,現在では世界の寒天原藻の約60%を担っている。この需要に伴い世界各地で様々な方法による増養殖が行われているが,その中でもロープに切断した藻体を挟み込む方法,あるいは藻体片を地まきする方法は,本属植物の強い再生力を利用した最も効率が良い増養殖の手段として広く採用されている。
 本研究では本属植物の繁殖,および増養殖に重要な役割を果たす再生現象について解明するため,ツルシラモ (Gracilaria chorda) の藻体片を培養によって再生させ,その形態形成の過程を詳細に観察した。
 本種の主軸,および第一側枝から切り取った藻体片 (円柱状,直径約1mm,長さ5mm) を培養した結果,傷害組織(傷害を受けた部位を覆う,皮層状の組織)は先端側(藻体片の両切断面のうち,元の藻体の先端側)と付着器側(両切断面のうち,元の藻体の付着器側)の両切断面に形成された。先端側切断面の傷害組織は3-4層の細胞から成る皮層状の形態を示したのに対し,付着器側切断面の傷害組織は,縦方向の分裂により藻体片内で細胞塊にまで発達した。しかし,再生枝(傷害部位に形成される新しい枝)は先端側切断面の縁辺部からのみ形成され(図1),付着器側切断面から生じることはなかった。先端側,または付着器側切断面を常に基質に接触させた状態で培養した結果,付着器側切断面からのみ仮根様組織が発達して基質に着生した。さらに,その仮根様組織からは直立体が発出した。以上の観察から,本種の藻体片の先端側と付着器側切断面の間には,形態形成上明瞭な極性が存在することが明らかとなった。
 切断面に生じる傷害組織の形成過程を明らかにするために透過型電子顕微鏡による観察を行った。藻体に傷害を与えると直接切断された細胞からは核と細胞質が流失したが,それに直接接する細胞(隣接細胞)は正常な状態に維持されていた。切断後1-2日以内に隣接細胞の核と細胞質は切断面側に移動し,さらに隣接細胞のゴルジ体は増加すると同時に,多数の分泌小胞を細胞膜と細胞壁の間に放出した。隣接細胞には同時に多数の多胞体や分裂中の葉緑体も見られた。切断2日目,隣接細胞で最初の細胞分裂が起こった。分裂は周囲に細胞質を伴った分裂溝が細胞の両側から求心的に伸長することによって進み,複数核のうち一個を取り込んで新細胞を形成した(図2)。本種の細胞は多核であるため,新細胞の形成には核分裂を伴わず,一個の隣接細胞が同時に複数の新細胞を形成した。新細胞はさらに分裂を繰り返し,切断24日以内に切断面を覆う傷害組織を形成した。本種の新細胞形成,およびその後の傷害組織の形成に至るまでの時間は他種での知見と比較して早かった。これは本種が新細胞形成の際に核分裂を必要としない多核細胞で構成されていることによるものと思われる。また,切断面に露出した全ての隣接細胞でこの様な新細胞が形成されたことから,分裂能力を持たないと考えられてきた体の中心部を構成する髄層細胞を含めて,全ての細胞が傷害という環境変化に反応して新細胞を形成する潜在能力を有することを確かめた。傷害組織を完成した後,先端側切断面からは再生枝を,付着器側切断面からは接触条件下で仮根様組織を形成した。
(海区水産業研究部 資源培養研究室)

Daisuke Muraoka

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