新しい「当所研究基本計画」の紹介

浮 永久



 政府は、新世紀に向けて取るべき科学技術政策の基本方向として、地球と調和した人類の共存、知的ストックの拡大、安心して暮らせる潤いのある社会の構築を目指して、平成4年に「科学技術政策大綱」を全面改定した。平成7年には科学技術創造立国を目指した「科学技術基本法」を制定し、科学技術の振興を我が国の最重要課題の一つとして位置づけ、その基本方策を明らかにするとともに、これを具体化するものとして、平成8年には「科学技術基本計画」を策定した。一方、平成7年の科学技術会議の「地域における科学技術活動の活性化に関する基本指針」では、地域における科学技術活動の活性化を図るため、国立試験研究機関に対して、地域の農林水産業の多様な展開を図るためのコーディネート機能の一層の発揮が求められた。
 科学技術を巡る新たな情勢を受け、農林水産省は、平成8年、「農林水産研究目標」を改訂し、現場に直結する先導的技術体系の開発のための研究、農林水産技術の飛躍的な高度化のための基礎的・先導的研究等、今後10年を見通した研究の重点化方向を示した。
 一方、水産業においては、我が国の「国連海洋法条約」の発効(平成8年)に伴い、排他的経済水域(EEZ)が設定され、主権的権利の下に周辺水域の一層の高度利用を進めるための条件整備が進められるとともに、平成9年1月には主要な水産資源について漁獲可能量(TAC)制度が導入され、生物資源保存管理措置が義務づけられた。水産庁は、TAC制度を効率的に推進するため平成9年10月に水産庁行政組織を改正した。このように、水産業及び水産試験研究を巡る情勢は大きく変化し、これらに的確に対応した水産研究の推進が「水産研究推進方策検討会」等において指摘された。すなわち、TAC制度の導入により、TAC対象種をはじめ、その他の水産資源の保存・管理の基礎となる生物学的許容漁獲量(ABC)の算定と、その精度の向上及び資源変動機構の解明に必要な年齢、成長等の生物特性の把握を中心とした生態研究の一層の深化が求められている。また、「生物多様性条約」の発効等を受け、野生生物の混獲防止や海洋生態系の保全を求める動きが国内外で活発化している。そのため、水産資源やその他の海洋生物資源のより合理的な利用を可能とするために、基礎的研究分野で我が国の研究者が積極的に貢献する必要がある。さらに、世界的に注目を集めている増養殖業の振興による食料増産を推進するために、我が国が国策として推進している“つくり育てる漁業”を科学的・技術的に一層深化させ、国際的な貢献・牽引役を果たす必要がある。
 このような情勢変化を受け、将来にわたる水産業の発展、水産物の安定確保等の基本となる試験研究体制を確立するため、水産庁研究所は、平成10年10月に組織改正を行った。当所は、親潮と黒潮に挟まれた特異な混合域の海況特性を最大限に生かすことを目標に、TAC設定に資する資源評価等に関する研究を重点的に推進するため、これらの研究を八戸支所に集約した。また、混合域海洋環境部を新設し、海域の生物生産力に関して統一的な研究を強化するとともに、“つくり育てる漁業”等、海区水産業の基盤となる研究を推進するため海区水産業研究部を新たに設ける等、研究体制の充実を図った。
 「研究基本計画」は、研究の推進に当って今後10年程度を見通し、その間に解決すべき研究問題と、これを解決するための研究推進方向等の研究戦略を定めたもので、概ね5年ごとに改定される。新たな情勢の変化に対応した水産研究を効率的に推進するため、水産庁研究所は、平成8年に改訂された「農林水産研究基本目標」等に照らし、今回、「研究基本計画」を大幅に改定した。東北海区の水産業が抱える諸問題を克服し、将来に向かって持続的に発展するよう図っていくためには、漁獲可能量(TAC)制度に基づく適正な資源管理の実施及び“つくり育てる漁業”の一層の効果的な推進が重要である。このため、これら産業・行政ニーズに対応するため、当所の研究基本計画の改訂に当っては、海区水産業の健全な発展に貢献すべく、食料の安定供給と地球環境保全に向けて、研究課題を「混合域における水産資源の持続的利用技術の確立」及び「混合域における生態系と調和した漁業生産技術の高度化」の2本の柱(研究問題)に集約し、重点的な課題の解決を図ることとした。
 また、当所の研究、調整、情報発信・交流、研修・指導の各機能を積極的に発揮するため、海区の特徴を活かすとともに、境界領域にわたる研究の推進を重視した。さらに、研究の実施に当っては、地域試験研究機関をはじめ、他の水産研究所及び専門研究所との連携を強化するなど、研究戦略をより一層明確にした。
 今後、当所は、資源管理型漁業及び“つくり育てる漁業”の確立に向けて、地域の水産研究の中核として、行政部局、地域試験研究機関、大学等と連携し、研究基本計画に示された研究推進方向に添って諸問題の解決を図って行く。以下に研究基本計画の基本的な構成(中課題以上の課題体系)を示した。なお、全文は、「東北水研ホームページ」に載せてあるので参照願いたい。

研究課題の体系
研究問題1 混合域における水産資源の持続的利用技術の確立
 資源の分布・生産量は、混合域の海洋環境と密接に関係して変動することから、資源管理のための技術開発の基礎として、混合域の海洋環境の変動特性及び資源の生物特性を明らかにするとともに、研究問題2で得られる混合域の生態系に関する研究成果も導入しつつ、混合域を主たる生息場とする資源生物の個体群変動要因を解明する。
1 海洋環境と水産資源の動態の解明
 高精度な生物学的許容漁獲量(ABC)の算定手法等、資源管理技術の開発のためには、水産資源の生物特性の精確な把握と資源変動機構の解明が必須である。混合域の海洋環境は、短期的・長期的に大きく変動し、資源の分布・回遊や再生産過程に影響することから、主要資源の系群構造・個体群生態等生物特性の解明を図るとともに、沿岸から沖合に至る海洋環境の精密・組織的な観測・分析を行い、その変動特性を解明する。
 (1)海洋環境の変動特性の解明
 海洋環境変動と資源生物の生理・生態や個体群動態との関係解明に資するため、海洋環境モニタリング技術の高度化を行い、沿岸から沖合に至る海洋環境を高精度に把握し、変動特性を明らかにする。
 (2)資源の生物特性の解明
 効果的な資源管理と効率的な資源の培養技術の開発のため、それぞれの生物種ごとに系群や個体群に係わる食性、年齢、成長、分布・回遊等の生物特性を解明する。
 (3)資源生物の個体群変動要因の解明
 資源生物の個体群変動に関わる成長、成熟、産卵、生残、加入等、再生産過程の実態を定量的に把握し、個体群変動における再生産過程の位置づけを明確にする。
2 資源管理技術の開発
 海洋環境と主要資源の漁場への来遊や資源動向を予測するとともに、予測の検証結果に基づいて予測手法の改善を図る。また、主要資源について生物特性、個体群変動要因等の研究成果をふまえ、高精度な資源量の評価技術の開発とABC算定の精度向上を図る。
 (1)海洋環境と資源動向の予測及び予測技術の開発
 海洋環境の予測と予測技術の高度化を行うとともに、環境要因を考慮して資源動向を予測するための技術開発を進める。
 (2)生物学的許容漁獲量(ABC)の算出と評価手法の開発
 主要資源の生物特性、変動要因及び動向予測の研究成果をふまえて資源の評価を行い、ABCを算出するとともに、算出手法の高度化を図る。
研究問題2 混合域における生態系と調和した漁業生産技術の高度化
 地球温暖化や広域的な海洋環境汚染が進行し、漁業生産基盤の劣化が懸念されるなかで、漁業に対しても生態系と調和した合理的な海域の利用が強く求められている。地球環境問題の解決に貢献し、持続可能な漁業を実現するうえで、海洋生態系における生物生産の仕組みを明らかにし、生態系の環境収容力や自然・人為的インパクトに対する応答機構の把握に基づいて、海洋生態系と調和した漁業生産技術の開発を行うことが緊急な課題となっている。
1 生態系の構造と生物生産過程の解明
 基礎生産から高次生産に至る各栄養段階ごとの生産過程の時空間構造、被食−捕食関係等生物種間関係、海洋環境から高次生産に至るエネルギーの流れ等を把握し、多様な生物群集構造と高い生産力が維持されている混合域の生態系の構造と資源が生産される仕組みの解明を行い、生態系と調和した資源の培養殖技術の開発に資する。
 (1)生態系構成要素間の相互作用の解明
 混合域の生物群集構造、基礎生産から高次生産に至る各栄養段階ごとの生産過程の時空間構造、被食−捕食関係等生物種間関係、海洋環境と生物要素との関係等を解析し、生態系の構造を明らかにする。
 (2)生態系におけるエネルギーフローの解明
 混合域の多様な生物群集と高い生産力という特性を維持し、さらに、有効利用を図るために、各栄養段階におけるエネルギーフローを物理環境の影響を考慮しつつ明らかにし、主要資源が生産される仕組みを解明する。
2 生態系における環境収容力と外的要因の影響評価
 合理的な資源添加技術の開発等、混合域における生態系と調和した漁業生産技術の開発に資するため、生物生産構造とその変動特性に関する研究成果に基づいて、適正な海域利用の基準となる環境収容力の評価を行う。また、気候変動・異常気象、有害化学物質等、自然・人為的環境インパクトが生態系に影響する機構の解明と漁業生産への影響の評価を行う。
 (1)環境収容力の把握と評価
 資源の生産構造の変動と海洋環境変動との関係に着目して環境収容力の評価手法の開発を行うとともに、種苗放流等が生態系に及ぼす影響を見積もり、適正な資源添加技術の開発に資する。
 (2)自然・人為的環境インパクトの生態系と漁業生産への影響の解明
 気候変動・異常気象、有害化学物質等、自然・人為的環境インパクトが、混合域の多様な海洋環境と生物種への影響を通して、資源の生産に影響する実態と過程を解明し、漁業生産への影響の評価を行う。
3 資源の培養技術及び効率的生産技術の開発
 増殖については、今後さらに生産の増大・安定を図るため、生態系との調和という視点に立って研究の展開を図る。また、安全でより高品質の生産が求められている養殖については、生産現場である海域特性を生かした、より高度な技術開発を行う。
 (1)魚介藻類の資源培養技術の開発
 魚介類種苗の放流効果を高めるため、天然資源と比較しながら移殖・放流対象種の発育段階に対応した成育・生残条件等を明らかにする。
 (2)海域特性を生かした養殖技術の開発
 貝毒の減毒化につながる養殖技術の開発や、環境と調和した養殖形態の確立を図る。
 (3)海洋生物の遺伝的特性の評価と多様性の維持技術の開発
 生物種及び産業対象種内の遺伝的多様性を確保するため、海藻類等について遺伝資源の収集・保存及び特性評価を行う。また、種苗放流については、天然資源に及ぼす遺伝的多様性の影響を評価して、保全のために必要とする技術開発に係わる基盤的研究を行う。
(企画連絡室長)

Nagahisa Uki

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