新たな試験研究体制の確立

中村保昭



 我が国は、平成8年7月に、21世紀に向かう長期展望のもと科学技術創造立国を目指した科学技術基本法(7年11月)に基づく、科学技術基本計画を策定した。また、科学技術会議の諮問第22号地域における科学技術活動の活性化に関する基本方針に対する答申を踏まえ、積極的かつ総合的な科学技術政策を展開することとなった。さらに、農林水産業及び関連産業に係わる研究の重点化方向とその推進方策を提示した農林水産研究基本目標の改定(8年7月)、あるいは我が国における国連海洋法条約の発効(平成8年7月)に伴う新しい漁業管理の時代の到来等、水産業及び水産試験研究を巡る情勢は、大きく変化した。
 周知のとおり水産庁研究所は、国連海洋法条約に基づく漁獲可能量(TAC)制度の導入等、水産を巡る情勢の変化への的確な対応、将来にわたる水産業の発展、水産物の安定供給の確保、新たな情勢の変化に対応した水産研究の推進が水産研究推進方策検討会等においても指摘され、これらを効率的に推進するため、10年10月にそれまでの研究基本計画を大幅に改定した。このような新たな研究ニーズに対応した効率的な試験研究の体制を整備することを基本的な視点として、10年10月1日付けで水産庁の9研究所全体に及ぶ組織改正を行った。これは昭和24年の8海区水産研究所の設置以来の大きなものであったので、経緯も含め概要を紹介する。
 今回の改正の源流は、国際農林水産業研究センター水産部(5年10月)や西海区水産研究所石垣支所(6年6月)の誕生に結びついた4年4月以降の水産庁研究所長会議における「21世紀に向けた水産研究のあり方について」の論議にまで遡る。この過程において、研究現場から、水産研究の将来方向と研究体制について早急に全体の方向性をまとめていくべきであるとの提言がなされ、論議されることが合意された(5年5月)。
 改定作業はこの合意に沿って、各研究所単位で論議が重ねられ、これらの意見集約を踏まえ、「水産研究の将来方向について(案)」が合意された(8年6月)。その後水産研究を取り巻く情勢変化等を考慮しつつ、さらに所長会議及び所内検討を経て「水産庁研究所組織の改正についての基本的考え方(案)」に凝縮された(9年1月)。これを受けて基本的な方針の検討及び組織定員要求に係わる事務の円滑な遂行並びに関連資料の取りまとめ等を行うため、水産本庁内に研究部参事官を室長、研究課長を副室長、研究調整班長を事務局長とし、研究所からの併任者4名を含む常駐5名・半常駐2名、全体で16名になる水産業関係試験研究推進検討準備室が設置された(9年2月)。その後は、同準備室を中心に研究所との間において順次作業が進められ、水産研究推進体制検討会、水産庁漁政課、官房文書課説明・協議、総務庁・大蔵省説明(9年8月〜11月)を行い、これらの結果として総務庁より組織定員内示(9年12月)が出され、5年余にわたる作業が結実した。そして、平成10年に入ると、改組の都道府県水産試験場、水産庁内等への説明(10年2月)、事務分掌・組織細目規程改正案作成の作業に移り、所期の目的を全うした準備室は1年余の活動の後閉室となった(10年3月)。その後若干の作業が行われ、水産本庁に遅れること1年後の10年10月1日に各研究所は名実とともに装いも新たになった。なお、作業が進む中で、国の研究機関の統廃合計画の策定等を念頭においた財政構造改革(例えば、財政構造改革五原則:9年3月等)や国立試験研究機関を含む国の組織の全面的見直し(例えば、行政改革会議最終報告等:平成9年12月)等、中央省庁等の活発な改革論議も視野に入れ作業が進められた。
 今回の特徴は、3点に集約される。それらは、1)水産研究所(6つの海区水産研究所と遠洋水産研究所)、養殖研究所、水産工学研究所をそれぞれ強化し、新たな研究ニーズに的確に対応するための、研究所・部・室の業務及び構成の見直し、2)TAC制度下における国際的な水産資源管理への対応、高度回遊性魚類資源等に係わる多国間漁業交渉への対応、つくり育てる漁業等行政ニーズに的確に対応するためスタッフ機能の強化、3)研究に関する企画調整及び情報の収集・発信機能の強化である。
 新海洋秩序下における研究の効率的な推進を図る観点から、当所は親潮と黒潮に挟まれた特異な混合域の海況特性を最大限に活かすために混合域を担当海区とした。先ず、1)TAC設定による特定海洋生物資源の数量管理の基本となる科学的根拠の算出、資源評価等に関する研究を重点化するため、資源評価及び資源生態の各研究室を八戸支所に新設し、評価研究の重点的実施と生態研究とを分離して行う体制を確立することにより研究を深化することとした。旧資源管理部の所掌であったサンマの研究業務(旧資源管理部浮魚資源第一研究室)は八戸支所へ、また我が国周辺水域における高度回遊性魚類資源に関する研究の強化を図る観点から、近海かつお・まぐろ研究業務の一元化により従前のかつお研究業務(旧:資源管理部浮魚資源第二研究室)は遠洋水研究所に移ることとなった。2)海区の水産業全般(加工・流通、経営等も)を視野に入れ、沿岸資源の管理、資源培養その他水産業に関する技術上の研究を一貫性をもって実施し、混合域の特性に応じた「つくり育てる漁業」等、海区の水産業の振興・育成に資する資源培養その他水産業に関する技術の向上の基盤となる研究を推進するため、資源培養及び沿岸資源並びに海区産業の各研究室を新たに設け、これを統括する海区水産業研究部を新設した。また、3)これらの基盤となる生産力変動の的確な予測や海洋生態系の構造の解明等、海洋環境研究の強化を図るため、混合域海洋環境部を新設した。既存の海洋動態及び生物環境の各研究室に加えて魚類等重要資源を中心とした餌をめぐる関係等、高次生産に関する研究を深化するため高次生産研究室(旧:資源管理部漁場生産研究室を母体)を新設する等、混合域の生物生産力に関する統一的な研究を推進するための体制を固めた。さらに、4)企画連絡室に企画連絡科長を設置し、企画・連絡業務の強化を図った。なお、従前の資源管理部の業務は、上述のように装いも新たに、八戸支所、混合域海洋環境部及び遠洋水研究所に引き継がれることとなった。今後、所運営をより一層効率的に行うには、従来にも増して本所と支所との絆を強める必要がある。 
 我が国の水産業の健全な発展を図るためには、国の試験研究機関において、水産生物の採捕、食品としての利用・加工・流通に至る水産業の広範な分野にわたって一貫した研究を行うとともに、国の施策に沿った研究開発を基礎から応用まで戦略的に行う必要がある。この場合水産業の特性から、専門性及び地域性とも広範囲にわたる研究対象をカバーする体制が必要である。水産庁研究所が行う業務は、品種の育成や資源管理の高度化のように成果を得るまでに長期間を要し、リスクも高い。また、TAC対象種の資源評価、国際条約への対応、油汚染・環境ホルモン・海洋放射能等、政策的に重要かつ緊急で臨機応変の対応も求められ、研究成果の出口が管理や規制等、公権力の行使と密接に連動した調査研究を実施しており、業務が行政に密着していることが特徴である。
 現在議論されている独立行政法人化を含む中央省庁等の改革に加え、厳正な研究評価及び結果の活用を指摘した科学技術基本計画及び行政改革会議最終報告書の趣旨をも踏まえつつ、効率的かつ効果的な業務運営の確保等の観点から、試験研究機関に対して、科学技術に関する行政監察も予定(11年度)されている。一方においては、社会の大きな変革の実現に向け積極的な行動が求められている時代を「変革の時代」として捉え、どのような対応が重要かという視点から検討も行われている。何れにしてもTAC制度への的確な対応等、現下の行政ニーズを踏まえ今回再編された水産庁研究所の新体制が職員各位の協力の下うまく機能し、海区における水産研究の中核的機関としての役割を果たし、産業・行政ニーズに積極的に応えるとともに、研究成果が納税者(国民)に対して適切に還元され、国民に対して研究所の顔がよく見えるよう心掛け、地域における科学技術の振興に寄与するように努めて参りたい。
(所 長)

Yasuaki Nakamura

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