水産研究の明日に向けて

土井脩司



 四面を海に囲まれている我が国は海洋的国土の特徴を有する。特に寒暖二流がここに相交わることによって複雑な海流状況を現出させ世界三大漁場の一つと称される如く多くの種類の有用水族が育まれてきた。これらの水界資源は、自然の恵として古くから利用されているとともに、食糧資源として重要な地位を占めるに至っている。近代以降これらの水界資源の利用・開発が比較的高い意義を持ち第一次産業として地味ではあるものの産業・経済上又は国民経済を活上決して軽視することのできない重要性を担う状況となった。社会経済が複雑となり国際的にも国内的にも国家間あるいは各業種間での利害・輻輳する現代においては、水界資源の利用・開発をその内容とする水産業の進歩・発展あるいは維持・在続を図るためには国家的見地から適正な資源管理を初めとする種々の方策を講じなければならない。
 これらの施策の重要な根拠となるべきものの一つに、その科学的知見を通じて得られる水産に関する調査・研究の成果がある。その意味で水産研究は今後益々その重要度を増し、水産業の進歩・発展あるいは維持・在続ひいては食糧特にタンパク質源の安定供給に資するところ極めて大となるものと思われる。このような経過の下、昨今では二百海里水域における漁業規制の定着、公海における漁業規制の強化、更には国連海洋法条約の発効等に見られるように国際的に新たな海洋秩序が構築されつつあり、これに対処すべく我が国周辺水域における水界資源の高度利用を図ることが緊要となっている。これに関して国が定めた具体的な施策は(一)漁獲可能量制度の導入及び円滑な推進、(二)つくり育てる漁業の推進、(三)資源管理型漁業の推進等である。この内、漁獲可能量制度は近年策定された新たな概念であり、これに直接関係する国家研究機関である各水産研究所等においてもこの制度に対応すべく新たに研究基本大網を定めるとともに研究実施をより効率的にするため組織自体をも相互的に改編し、本年10月1日より施行されたことは周知の通りである。
 このように新たな研究目標を掲げ、それに対応した研究体制に改編することは時代の要請であり必然であると思われるが、ここで最も重要なことはこれらの研究推進に携わる関係者の意識如何と云うことではなかろうか。漁獲可能量制度の対象魚種はもとよりあらゆる有用水界資源に対する調査・研究は偏に水族個々の生態研究のみに止まることなく地球的規模のグローバルな研究の一環として位置付け、決して小さなセクショナリズムや網張意識に陥ることなく総合的な見地から推進すべきものと思われる。これは国内的にも国際的にも云えることではなかろうか。
 国内を見た場合、海洋に関する調査・研究に携わっている組織は国家機関を始めとして各都道府県、各大学、民間等を合わせるとかなりの数に上がるが対象となる項目を絞って連携している場合が一部にはあるものの、総体的には有効に連携しているとは云い難い。国際的にも各国の国益や思惑が複雑に絡んでおり、二国間の特別な協定に基づく場合を除き各国が一致して地球的規模の調査・研究に携わることは現状では困難であろう。しかしながら地球上の資源は人類の共有財産であり、海洋に育まれる有用水界資源も例外ではなく、一義的には沿岸国にその処分権限はあるとしても一方で終局的には全人類の共有資源と云う観点からその資源の維持・存続がある意味で当該沿岸国に義務付けられているものと解すべきである。かつて今から何代か前の首相が海洋に関する調査・観測体制の一元化を提唱され、それを契機にかの原子力船“むつ”が装いも新たに世界でも最大級の海洋調査船に生まれ変わったことは記憶に新しいところである。
 しかしながら、体制の一元化には程遠い現象であることを認識しなければならない。従来より我が国の海洋に関する調査・研究は欧米先進国のそれと比較して10年の開きがあると云われてきた。得意とする先端技術により調査観測機器を中心とするハード面においてはその開きは縮まりつつあるものの、体制を含むソフト面においては相変わらずその開きが存在していることは認めざるを得ない。これは調査・研究に携わる人間の能力差によるものでは決してなく、各研究機関や研究部門当がそれぞれ独自に行い、相互の連携及び体制の有効な一元化が実現していないことに基困しているものと考えられる。しかしながら、これからのことを声を大にしたからとて一朝一夕にしてより良い研究結果が得られる筈もなく、水産研究はその対象が大自然のものであり、地道で旦つ継続的な調査・研究が必要なことは論をまたない。
 一方で昨今の政治においては財政構造改革、金融改革と並んで、いわゆる小さな政府を目途とした行政改革が論議されている。水産研究を直接に担当する各水産研究所のような行政府の研究機関を独立行政法人とするか民営化するかなど議論百出の態であるが、研究機関を構成する我々はこれら外野の雑音に惑わされることなく、如何なる国家体制・政治機構になろうとも我々に課せられた使命を全うすべきものと考える。世界三大漁場の一つと称される我が国周辺海域の中でも特にその生産性が高い水域とされる三陸沖合から常磐沖合を担当区域とする当所としても、担当区域に拘泥することなく他の水産研究所、他の研究機関、大学等更には関係諸外国との間に有効な連携をも考慮に入れて地球的規模のグローバルな視点からの水産研究を目指して奮闘すべきものと思う。
 また、水産研究を始めとする海洋の調査・研究におけるフィールド・ワークの中核を為す調査船に関しても、所属部署の連携調査に資するべく全国規模の効率的な調査運航体制の確立に向けて検討を始めるとともに、構想実現を期して各方面に対して啓蒙すべき時期に至ったものと思われる。国際的にも共同調査としての連携も大いに推進すべきであり、更には例えば環大平洋関係国一斉調査と称すべき大規模調査等をも企画すべきではないだろうか。
 各個人、各機関・組織、人類はこの掛け替えのない地球に生かされていると云う事実を認識するとともに、先哲の言葉にある“己を忘れて他を利用する”心を持って職務に専念し、もって後世に対し豊かな自然、すなわち豊かな海とそこに育まれる有用な水界資源を引き続いで行くことが終局的な人間としての使命ではなかろうか。
(若鷹丸船長)
若鷹丸職員
Shuji Doi

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