第三者の理解と同意が得られる研究を

飯倉敏弘


 「国連海洋法条約」の締結に伴って、我が国では平成8年に排他的経済水域が設定された。これにより経済水域内の生物資源の保存管理義務を履行する責任が生じた。水産関係者はこれが「TAC」絡みの話と即座に理解するが、一般国民はどう思うだろうか。おそらく潮間帯や感潮域を含む沿岸域までが頭の中に浮かぶのではなかろうか。そのような視点に立って考えた場合、では一体この義務の履行と責任は誰が負うのか。漁業者(生産者)と研究・行政担当者そして消費者(地域住民広くいえば国民)ということになろう。特に沿岸域は各種の産業に利用されているので、利害の調整は難しいが、長い時間スケールでみれば、環境保全がすべてに優先することになるであろう。一時的に環境を犠牲にして収益を上げても永続性は期待できない。失われた環境の修復には収益を上回る莫大な経費と時間を必要とする例は枚挙にいとまがない。いまや水産業においても、環境を保全しつつ安定した生産を維持することが生産者に課せられた義務となってきている。
 そのために研究者(機関)に求められるものについて、当部の研究項目を例にあげながら考えると、第一に、漁業者(生産者)の同意が得られるような、言い換えれば、漁業者(生産者)を納得させられるような方策や技術を提示することが必要である。
 例えば「つくり育てる漁業」で、放流された種苗の減耗要因や、資源添加への寄与の評価等が望まれている。また、小規模なリアス式内湾で、ギンザケ、ホタテガイやカキ、ホヤ、ワカメ、コンブ等を複合的に養殖しているが、相場の変化によって特定種に集中して養殖され過密状態になる。生産者の調整や漁場の管理の上から、湾の収容力や種毎の適正密度の提示が求められている。
 第二に消費者としての国民、自然環境保護者としての地域住民、国民の同意(納得)が得られるような方策や技術の提示が求められている。これには、提案づくりの段階で、漁業者(生産者)も加わることが望ましい。
 例えば、多くの沿岸性魚類の幼稚仔の生育場となっている河口域や干潟、藻場の重要性を具体的・定量的に明らかにして、沿岸の環境保全の重要性を積極的にPRすることが必要である。また、釣り客を主とした遊漁者との調整も今後検討されるべき課題である。
 安全な水産物の供給対策として、東北に多い下痢性貝毒については、規制緩和につながるYTX(イェッソトキシン。有毒成分のひとつ)に関する研究の進展と検査体制の早急な確立が求められている。HACCP(Hazard Analysis Critical Control Pointの略で、「危害分析・重要管理点」と邦訳されている。食品の衛生ならびに品質管理システムのこと。)は現在製造加工過程を対象としているが、生食嗜好の強い我が国にあっては、生産現場まで対象となることは容易に予測できる。生産者は漁場の清浄化に努める義務があるが、消費者も日常生活を通して汚染に関わっていること、各種の産業活動による外因性内分泌攪乱化学物質(「環境ホルモン」)の問題化など環境インパクトの影響評価と解明も研究問題として無視できないし、PRも必要である。
 第三に、国際的な批判に耐え、他国間との利害調整上で同意が得られるような国としての方策の提示に関わる研究が増加するだろう。例えば生物多様性の維持や遺伝的偏りの排除に関する研究、地球温暖化対策に関連する海洋生物における二酸化炭素吸収機構の研究、水産物の輸出入に伴う貝毒成分の分析の国際的統一に向けた基準作りに資する研究などが挙げられる。
 このように漁業者、一般国民、国際間レベルまで理解と同意を得るためには、定量的な検討に使える研究結果の提供がますます必要となる。風評や憶測を生じさせないためにもより正確な情報の提供が研究分野に求められることになる。
 現在、今年10月の水研組織改正に向けて研究基本計画の見直しが行われている。また、将来さらに大きな変革が生じるかもしれない。しかし、どのような組織になっても上述した考えは不変であろう。
(資源増殖部長)

Toshihiro Iikura

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