資源管理研究の再出発

正木康昭


 我が国周辺の漁業資源に対して許容漁獲量(TAC:Total Allowable Catch)制度が導入されて3年目になります。それに伴って生物学的許容漁獲量(ABC:Allowable Biological Catch)の算出が焦眉の課題として資源管理部に委ねられております。ABCの算出課題は、TAC制度制定以前から、主要漁業資源に対して取り組まれてきましたが、組織的な対応は“200海里水域内漁業資源調査”を通じて実施されてまいりました。
 しかし、残念ながら、我が国の漁業管理は、主として、“入り口規制”と称される許可制度に基づく漁獲努力量規制よってなされてきたこともあり、“出口規制”としての漁獲量規制は用いられ難い社会情勢にあったことです。そのような状況下において、社会的に用いられることがなかった“ABC”に対する資源研究者の多くは無常観を囲っていたのではないかと愚考しております。資源解析手法開発を専門分野とする資源研究者はその間も黙々と努力を傾注していたことも事実です。しかし、多くの生物学に基盤をもった資源解析研究者は、“ABC”をひとまず横に置き、生物生態の解明へと傾斜したことも強ち非難できない環境であったともいえましょう。
 このような経過の中で、突然、“出口規制”が表舞台に躍り出て、主要魚種のABC算出をこのような状態にあった資源研究者に当然のこととして求められました。その結果として、現在見られる様々な混乱が発生したと考えています。その中で最も重要な点は、国際的な評価に耐えうるABCをもたらす基礎的な生物学的情報の欠如があります。多くの魚種にとって、長期間に亘る漁業統計、年齢、成熟、寿命、生態等に関する知見の地道な蓄積が不十分であったことです。
 それでは、今まで何をしてきたのか? という疑問、叱責が飛んでくることは当然予想されることでしょう。勿論、生態研究に必要な生物特性の解明に大いに貢献し、すばらしい成果も枚挙にいとまがないところです。しかしながら、我々資源研究を担当する者の多くが、ABCを指向した調査研究を必ずしも積極的に実施してこなかったことへの反省は必要です。国民に還元できる研究成果を求めるためには、調査研究結果(ABC)が現実の社会で活用されねばなりません。その意味では、ここ数年まで、資源研究者は極めて座り心地の悪い椅子に腰を掛けていたといえましょう。このような“繰り言”はいくら述べても建設的ではありません。現状を直視し、今後に過去の教訓を生かすことが大切です。
 見方を変えれば、今や、水産資源評価研究は社会から最も期待されている分野であり、その頭上には燦々たる陽光が輝いている! 晴れやかな表舞台に立っているといえましょう。意欲と夢を持ってABCに立ち向かうことによってすばらしい道が開けると信じます。現在の資源研究者の多くは、ABCの算出を“業務”として受け止め、研究へ昇華させていないことは残念なことです。これからは、徐々にではあっても“業務を研究に発展させる”そのような研究者が数多く資源分野に輩出することを期待してやみません。
 同時に、そのような研究者を支えるための地道な努力とそれを支える体制も当然必要であることは多言を要さないところでもあります。すなわち、“ABC”に必要な、長期に亘る精度の高い漁業統計、生物学的特性値の確立と必要な更新、結果の検証、他分野の協力などの持続性の担保が必須要件でありましょう。その根底に無ければならないのは、“博物学”に対する価値を日本の社会が再認識し、より高く評価することが何よりも大切であると考えております。
 農業では、古くから当然のこととして実践されてきたように、“良き土壌を作ることが良き作物を育てる”、と同様に、地味豊かな基礎的データの弛まざる蓄積が水産資源研究の土壌であります。このような土壌の価値を軽視する限り、頑健な水産資源の評価研究が花開くことはないのではないかと考えます。“急がば回れ!”、目先にとらわれず、将来を信じ邁進することが大切な時期にきているのではないでしょうか。
 このように書くと、そのような条件が無いから研究ができない。と、いう者が必ずといってもよいように、現れます。“棚から牡丹餅”は、“研究の世界にはない”と考えるべきでありましょう。研究者個々人の意欲と努力がそれらをもたらすのです。
 資源研究者のみなさん! 前向きな強き意志を持ち、資源研究分野の上に輝いている灯火を自らの溜め息で吹き消すことがないよう、心豊かに激しく前進しましょう。
(資源管理部長)

Yasuaki Masaki

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