ヒラメ・イカナゴ資源管理のための「漁場生産力モデル開発基礎調査」進捗状況

横内克巳


 東北区水産研究所は岩手県、宮城県、福島県との共同研究で水産庁漁業取締費「漁場生産力モデル開発基礎調査」(平成6〜10年)を実施している。目的は、漁場における生物生産力変動のヒラメとイカナゴ資源への影響をモデル化し、漁獲許容量水準あるいは資源管理効果を推定するための基礎的知見を得ることである。本事業ではヒラメの食性、イカナゴ仮眠生態、動物プランクトンから魚類までのモデル構築など、魚類に関する調査研究も多く行われ成果を挙げているが、ここでは低次生物生産に関連する部分について紹介する。この内容は、平成9年9月に米国ボルチモア市で開催されたICES(国際海洋開発委員会)国際シンポジウムで発表されたものである。
 漁場の生物生産力を根底から支えている植物プランクトンによる基礎生産は、海洋生態系全体の有機物生産の出発点である。基礎生産は、海水中に溶けている栄養塩類を利用して有機物を生産する過程であり、溶存態の無機物を動物が餌として食べられるように粒状物にするための重要な生物活動である。従って、植物プランクトンは光合成で増殖しながら、同時に動物プランクトンや魚類の仔稚魚に食われていることから、常に動的な状態にある。これまで東北沿岸域では物理環境から栄養塩を経て植物プランクトン、動物プランクトンへとつながる食物連鎖に関する生態学的研究の蓄積があまり為されていなかった。そこで本事業では、水温、塩分、栄養塩およびクロロフィルの鉛直分布観測と動物プランクトンの鉛直採集を周年にわたって実施して、低次生物生産の変動特性を明らかにし、漁場の生産力を評価する上で最も基本的な知見を得ることになった。
 それら海洋環境と動植物プランクトンに関する集中観測海域を三陸沿岸域と仙台湾周辺海域の大陸棚上に配置した(図1)。三陸沿岸域は岩手県が担当し、尾崎および椿島の両定線において観測を実施している。仙台湾においては宮城県が北緯38度定線と湾内2測点、福島県が鵜ノ尾埼定線で観測している。現場観測は平成6年11月から毎月続けられ、着々と貴重な観測結果が蓄積されている。最初の1年間の成果は平成9年3月に中間報告書となっている。その後2年分の観測結果をデータベース化して解析するとともに、簡単なプランクトン年周期モデルを作成して、現場海洋での季節変動特性とモデルの出力結果との比較を試みた。このモデルは、表層混合層深度と海表面光量の季節変動によって駆動され、栄養塩、植物プランクトン、植食性動物プランクトンの間での物質の流れを表しており、Windows 95版のLotus1-2-3で簡単にシミュレーションできるようになっている。
 これまでのところ、本事業で構築したプランクトン年周期モデルが、現場において観測されたプランクトンの季節的変動を再現できることがわかっている。一例として三陸沿岸の結果を図2に示した。三陸沿岸域では混合層深度、栄養塩、植物プランクトン、動物プランクトンが季節的に変動しており、本事業で構築したモデルでそれらの観測結果をうまく再現していることがわかる。このような解析の中から、三陸沿岸域と仙台湾におけるプランクトン季節的変動の特徴が明らかとなり、表層混合層深度と親潮系水が重要な役割を果たすことを指摘した。また、植物プランクトン春期増殖の規模が、とりまとめた2年間で大きく異なり、「寒い冬⇒表層混合層が深くまで発達⇒表層への栄養塩供給増大⇒植物プランクトン春季ブルーム規模拡大」という一連の現象を見出した。しかし、このような年によるプランクトンの変動規模の違いをモデルではうまく再現できていないことから、今年度は河川水、雲、水平移流、光合成速度の温度律速、海深などをモデルに組み込んで改良を進めていく予定である。
 近年、コンピュータの計算能力が飛躍的に進歩し、簡単に利用できるようになっていることから、モデルを用いた研究手法が今後重要になってくると思われる。しかし同時に、モデルをよりよいものに改良していくためには、現場での観測の継続と観測結果の十分な解析研究が必要である。各県が広く展開し蓄積してきたCTD観測結果などを、低次生物生産と密接に関連する表層混合層深度という視点から解析を進め、それを取り込む形で生態系モデルを動かすことによって水産資源変動機構の理解を深めることができると考えている。
 本事業では、比較的順調に観測が継続されているが、中には荒天などの悪条件や窮屈な観測スケジュールによって観測を実施できない場合もあった。こうした欠測や観測間隔を埋めていく先端技術として人工衛星による海色観測があり、申請さえすればインターネット上でもクロロフィル分布図を入手し利用できるようになっている。しかし、人工衛星の海色データから植物プランクトン分布量(クロロフィル濃度)に変換する検証研究は、両者を比較できるようなデータが非常に少ないことから、充分に行われていない現状にある。本事業で観測されているクロロフィル濃度は、人工衛星の海色データがどの程度東北海域で利用できるのかを確かめていくための重要なデータにもなっており、東北大学理学部川村宏教授の研究室から提供された人工衛星のデータとの比較が行われている。この共同研究には青森県と茨城県も参加している。人工衛星によって海域全体の植物プランクトンの現存量と分布が良い精度で把握できれば、漁場の基礎生産力を評価するための有効な情報となるため、この方面の研究も重要になってくると思われる。
 今後の事業の展開としては、まず現場観測結果をデータベースとして完成させ、それをもとに東北沿岸域における低次生物生産の季節的・経年的変動特性を明らかにしていく必要がある。また、プランクトン年周期モデルの改良とともに、別途作成されている動物プランクトンから魚類までの動物モデルとを結合させることによって、最終目標である低次生産力と魚類資源変動の関係解明に貢献することが期待できる。さらに、このような共同研究を進める上で水産研究所、県、大学などとの連繋を強める必要がある。
(海洋環境部 生物環境研究室)

Katsumi Yokouchi

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