表紙写真の説明

河村知彦


 左の写真は、変態後約10日(生後16日)、殻長約0.5mmのエゾアワビ稚貝が付着珪藻(Navicula ramosissima) を食べているところである。アワビの卵は受精後約1日で孵化し、ベリジャー幼生として浮遊生活を送りながら変態の準備を整える。変態準備は数日間で終了し、気に入った基質があれば着底して変態する。変態した稚貝はすぐに摂餌行動を開始し、基質上の餌を舐め取るようになる。
 珪藻はアワビ初期稚貝(殻長5mm程度まで)の主な餌料であるが、どんな珪藻でもよいというわけではない。右下の写真は稚貝の排泄物、つまりは糞であるが、糞中の珪藻の多くは全く消化されておらず、それどころか生きている。写真は排泄されて数分後の様子であるが、珪藻細胞が糞から這い出して(多くの付着珪藻は基質上を滑走して移動する能力を持っている)糞の形が徐々に崩れ始めている。
 殻長1mm程度までの稚貝は、珪藻が細胞外に分泌する粘液などを餌料として成長するため、餌となる珪藻の種類による成長の違いはそれほど顕著とはならない。しかし、それ以降も良好に成長するためには、珪藻細胞の中身を摂取する必要があり、餌料珪藻の種や株によって稚貝の成長速度に大きな差がでてくる。アワビは消化管の中では珪藻細胞を分解・消化することができず、したがって歯舌(上顎にある洗濯板状に並んだ歯)を使って舐め取る際に細胞殻が壊れた珪藻の中身だけを吸収することができる。稚貝に舐め取られる際に細胞殻が壊れやすい珪藻は、基質に付着する力が非常に強い種(株)か細胞殻が例外的に脆い種(株)に限られている。写真の珪藻Navicula ramosissimaは、付着力が弱く簡単に舐め取られるうえ細胞殻も脆くはないため、稚貝に食べられたほとんどの細胞が生きたまま排泄されるのである。1mm以上の稚貝にとっては好適な餌料とはいえない。
(資源増殖部魚介類増殖研究室)

Tomohiko Kawamura

目次へ戻る

東北水研日本語ホームページへ戻る