生物学的許容漁獲量(ABC)推定のための若干の議論
河井智康
1996年から200カイリ法が日本でも実施されることになり、TAC制(漁獲量規制による漁業管理)の導入が現実のものとなった。わが国では従来漁獲努力量の管理を通じた資源保護が主流であったため、水産資源の絶対量を必ず把握する必要がなかったが、今回のTAC制導入により資源量の推定が必要不可欠となった。また資源量のうちどれだけを漁獲してよいのかを判断する管理基準をどこにおくかも問われることとなった。筆者はこのTAC制の基礎となるABC(Allowable Biological Catch=生物学的許容漁獲量)を推進する全水産研究所の会議に参加する中で、今後に向けても大切となるであろうテーマについて若干の議論を行っておくことにし、以下の3点について述べた。
- 1 魚種交替を含む大変動型資源のABCについて
- 2 自然死亡係数(M)の安定性と魚種間の関連性について
- 3 資源の管理基準としてのF=Mの意義と利用法について
これらの議論には総説的性格もあるが、筆者のオリジナル分析を含めて述べてある。以下その概要を示しておく
- 1 大変動型資源のABCについて
- マイワシ、マサバ、サンマ資源等は、漁業のない時代からすでに資源は大変動を繰り返してきたと推定されている。このような資源に対する、資源量維持を目標にした漁獲許容量を考えることは意味がない。一般的に言われているSY(持続生産量)やMSY(最大持続生産量)は存在しないが、ABCの存在が否定されるわけではない。筆者は資源の大変動が自然界の魚類にとっては合理的な現象であることとし、その大変動をむしろ維持しつつ人が利用する方法として「生物学的許容漁獲率」の概念を提案した。とりわけ魚種交替説については、どの魚種についても同様の基準で管理することが、その交替のサイクルや規模を乱さない方法でもあると主張した。
- 2 自然死亡計数(M)の性格について
- 筆者は海産魚類の自然死亡の主たる原因が被食にあることを永年の研究結果として主張してきたが、それを前提にすれば、魚類間の食物連鎖関係に量的変化がない限り(いわゆる食性段階のピラミッドが崩れない限り)自然死亡計数(M)は安定することを示した。このMの値は資源量推定に不可欠のパラメータでありながら、その推定方法が不安定で一種の不可知論に向かう傾向があり、その解明の重要性を主張した。さらにMが魚種ごとに寿命の関数で表されることの妥当性についても分析した。
- 3 管理基準としてのF=Mについて
- 漁業の強度を示す係数化の限界をMの値までとする手法は、ABCを推定する上で極めて簡便である。しかもMを寿命の関数で示し得れば、FがMの値のときもまた寿命の関数となり、先述の生物学的許容漁獲率が寿命の関数となる。従来F=Mを経験側として用いる人が多かったが、筆者はそれが魚類の再生産にとっても重要な意味を持つことを示し、むしろ積極的に用いることを主張した。このことによって大変動型資源のABC推定も容易になる。
筆者は最後にTAC制導入の意義についてふれたが、とりわけ社会・経済的意義として、今後の世界の食料問題との関連を強調した。世界的な食料不足の中では水産物においてもどこでなにをどれだけ供給できるかが問われる時代が来てTACが必然的に求められるもとになると主張した。そのときに日本の漁業のあり方が国際的にも問われるであろう。
(業績番号:552A)
資源管理部長
Tomoyasu Kawai
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