報告:「中規模渦によって黒潮続流から輸送される熱及び物質の研究」

海洋環境部(担当:伊藤進一)


 平成8年度に科学技術振興調整費二国間型国際共同研究として「中規模渦によって黒潮続流から輸送される熱及び物質の研究」(研究代表者:友定 彰 海洋環境部長/現中央水研海洋生産部長)を東北区水産研究所海洋環境部で実施しました。本研究は、平成9年度も継続して実施することが決まっておりますが、これまでに得られた成果を報告します。
はじめに
 私は平成7年に入省しました。当時、海洋環境部はUJNR太平洋総合観測研究イニシアチブでウッズホール海洋研究所(WHOI)と協定を結んでいたのですが、予算的な後ろ盾がなく、共同研究は進行できない状態でした。そんなとき、科学技術振興調整費個別重要国際共同研究(二国間型国際共同研究の前身)の追加募集があり、友定部長と相談し、応募したのをまだ昨日のように覚えています。しかし、残念なことにその申請は通りませんでした。その年の7月にハワイで開催されたIAPSO総会に出席した際に、WHOIのTerrence Joyce博士に部長からの詫び状を渡し、来年こそは何とかしますと約束したのを覚えています。
 翌年度から、制度が改正され、個別重要国際共同研究が二国間型国際共同研究としてスタートしました。この改正によって、より多くの課題が採択されるようになり、一気にチャンスが増えたのです。再度、申請をした結果、平成8年度に「中規模渦によって黒潮続流から輸送される熱及び物質の研究」が採択され、始動したわけです。
[目的]
 北太平洋の黒潮は、北大西洋のメキシコ湾流とならび、世界で最も流量および熱流量が多い海流の一つです。この黒潮は、銚子沖付近で日本から離岸し、向きを東へと変え、黒潮続流となります。黒潮続流はその強い流速構造を維持する強い密度フロントをもつため、亜熱帯域と混合水域・亜寒帯域とをわける亜熱帯フロントとしての役割を果たします。この亜熱帯フロントを越える北への熱・物質の輸送は、単純な南北流速によって行われるのではなく、半径数十〜百km程度の中規模渦によってなされる部分が大きいのです。
 本研究の目的は、北太平洋(東北水研)と北大西洋(WHOI)の中規模渦についての研究を行っている両者が共同して、
 1)黒潮続流から放出される渦による亜寒帯域へ輸送される熱・物質の量的評価
 2)黒潮続流から放出される渦の力学の解明
  を行うことにあります。
これらの研究は、
 1)地球環境変化に果たす中規模渦の役割
 2)カツオ等広域回遊魚が黒潮続流を越えて北の海域へ回遊する環境条件
を把握するために、必要不可欠であり、海洋環境部の重要な研究項目の一つになっています。
[共同研究実施内容の検討]
 WHOIのJoyce博士と事前に連絡を取り合いながら、研究の推進の手順として、
 1)既往の海洋観測資料の調査と整理
 2)既往の海洋観測資料を用いた解析
 3)衛星観測資料を用いた解析
 4)共同観測として行うべき項目の検討
 5)共同観測の実施
を踏むことを計画し、1996年11月にWHOIで、さらに1997年2月に東北水研で研究打ち合わせを持ちました。それぞれの打ち合わせの前に、1)〜3)の調査、解析を行い、その結果をもとに4)の検討を行いました。
2−1.WHOIでの検討会
 WHOIでの研究打ち合わせには、東北水研から友定(現中央水研)、杉崎、伊藤の3名が参加し、東北水研とWHOIでそれぞれ行ってきた研究の成果を発表し(写真1)、今後すべき解析方法,共同観測として行うべき項目の検討を行いました。研究成果発表の内容は、
東北水研から、
 1)混合水域(東北海区)の海洋変動のレビュー
 2)音響ドップラー流速計データによる暖水塊の力学的構造の研究
 3)TOPEX/POSEIDON衛星海面高度計データを用いた渦の経年変動の研究
 4)黒潮続流域から混合水域における食物連鎖網の同位体比解析
の4題、
WHOIから
 1)密度フロントを横切る流れの理論的研究
 2)TOPEX/POSEIDON衛星海面高度計データ黒潮続流の経年変動
 3)親潮-黒潮域精密観測計画の概要
の3題で、双方にとって有益な情報交換ができました。これらの研究成果および東北水研が行ってきた観測項目を考慮にいれ、これから実施すべき項目の絞り込みを行い、その結果
 (a)中規模渦の減衰・発達に重要な小規模現象を捉えるだけの精密な観測
 (b)輸送量を定量的に見積もるための直接流速観測
  が最重要項目として残りました。
 さらにその場で、前者への対応として、SEASOARという曳航式の海洋観測測器(温度、塩分、圧力が測定可)を用いた観測を蒼鷹丸(中央水研)で行い、若鷹丸(東北水研)がSEASOARでは測定できない400m以深の観測を共同で行うことが提案されました。このWHOIでの検討会の結果を受け、東北水研では、国内での共同調査を予定していた中央水研,北海道大学との打ち合わせを進めながら、過去の観測データのさらなる解析を実施することになり、共同調査は順調に進みました。
WHOIのインパクト
 私にとっては、この打ち合わせは自分自身の研究面で非常に役立ったのですが、それ以上によかったのは、WHOIをみることができたことです。少し横道にそれますが、WHOIは、正に海洋学のメッカでした。それは、もう言葉では言い表せないほど強烈な印象です。一つの町自体が研究所なのです。ウッズホール村には、WHOIの他にMBL(Marine Biological Laboratory)やNMFS(National Marine Fisheries Service)などの研究施設があり、その規模は日本の全海洋関係研究機関を併せてもかなわないのではないかと思えました。WHOIの図書館などは、雑誌コーナーだけで全5階、しかも紙の酸化が心配な古い雑誌に関しては、特別棟で湿度管理をしているのです。もちろん、東北水研研報もありました。さらには、規模だけでなく、そこは海洋学の原点でした。あのレッドフィールド比のレッドフィールド博士の名が付いた研究室があり、廊下にぽつんとおいてある測器がCTDの第1号機(写真2)であったり、正に、そこから海洋学が始まっているのです。そして、今もまだそこはパイオニアなのです。廊下に掲示してあるポスターをみれば、モクネスの写真があり、ふとみるとそこはモクネスの産みの親ピーター・ウィービーの部屋なのです。そして、そこでは、動物プランクトンをビデオカメラで撮影し、その画像をワークステーションで処理し、数十種類のプランクトンを自動で判別し、個体数を数える機械のデモンストレーションをすぐに見せてくれるのです。ファシリティーのフロアには、技官の人たちがわんさかいて、測器の調整をしているだけでなく、いろんな最新測器を開発しているのです。
 WHOIだけでいくつの特許を持っているのか気が遠くなる思いでした。「WHOIにいけば真の海洋学ができる」そんな期待を持たせてくれるところでした。若いうちに、WHOIをみることができたのは、最高の経験だったと思います。
東北水研での検討会
 さて、話しを本筋に戻して、東北水研で行った検討会について報告します。WHOIからT.Joyce博士、M.Spall博士を、ハワイ大学からB.Qiu博士を招き、東北水研で研究打ち合わせを行いました。この席には、国内共同研究機関の廣江氏(中央水研)および吉成氏(北海道大学)にも参加して頂きました。この研究打ち合わせでは、中央水研と北海道大学の研究成果の発表や、日本国内でのプロジェクト研究の進行状況などについて報告したあと、実際の共同観測の実施計画を練りました。
 その話し合いの結果、
 1)蒼鷹丸(中央水研)にて、3〜4週間のSEASOARと音響ドップラー流速計を用いた観測を行う。観測時期は、1998年5〜6月付近にする。
 2)同時期に、若鷹丸にて、CTDと釣り下げ式音響ドップラー流速計(L−ADCP)を用いた黒潮続流域の観測を行う。この観測の際に技術提供のためにハワイ大の研究者に乗船してもらう。
 3)共同観測で得られたデータは、研究代表者間で共有し、論文を作成する。その後、すべての共同研究者にデータを提供する。
ことが取り決められました。
 この研究打ち合わせのあとに、オープンなワークショップ(写真3)を開催し、より多くの研究者から研究情報を寄せてもらうとともに、本共同研究の宣伝をしました。ワークショップには、米国、ロシア、国内の大学及び国研などから約40名の参加があり、大変盛況にとりおこなわれました。東北水研からは、稲掛、清水の2名が代表して発表しましたが、特に清水技官の発表は、この日のため、米国側に東北水研の研究のレベルを示すために温存してきた研究であったため、米国側から大きな反響がありました。若い清水技官にとっても非常に印象的な会議になったと思います。
[成果と今後の展望]
 現段階での成果としては、大きく2つに分けられます。一つは、既往観測資料を用いた解析結果であり、もう一つは共同観測項目の絞り込みです。既往の観測資料を用いた解析では、本ニュースでも紹介されている東北水研研報の「暖水塊の移動特性」の解明と、現在投稿準備中の「亜寒帯起源の親潮水の亜熱帯循環への流入量の解析」(図1)が大きな成果です。これらの研究成果をもとに、共同観測すべき項目の絞り込みができ、それに対し、最新の観測測器・技術を導入する見通しを立てたことが最大の成果です。
 幸いにも、本研究は二国間型国際共同研究として、継続申請が受理されており、1998年の共同観測に向け、綿密な準備・調査と検討が行われることが期待されます。最後になりましたが、外国出張の際に手続き等でお世話になりました水産庁研究課の方々、招へい時の手続きと準備でお世話になりました東北水研庶務課の方々と臨時職員の方々に感謝の意を表し、結びといたします。
(海洋環境部 海洋動態研究室)

Shin-ichi Ito

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