ミトコンドリアDNAのクローニング余話

斉藤憲治



 遺伝子を別の特殊な遺伝子(ベクター)につなぎ大腸菌やコウボ(ホスト)に取り込ませ,ホストの繁殖力を借りて大量に増やす技術,分子クローニング法が開発されたのは1974年のことである。以来,この画期的手法の応用により,バクテリアからヒトにいたる多くの生物の遺伝子構造が明らかにされた。私は昨年来,資源増殖部魚介類増殖研究室と養殖研究所の協力を得てヒラメのミトコンドリアDNA(mtDNA)の構造解析を行っている。その重要なステップがmtDNAを大腸菌に組換えて複製させるクローニングである。ここでは,その一連の実験をふりかえり,我流ではあるがいろいろと試行錯誤した結果,自分なりにつかんだコツのようなものをまとめてみた。
 ヒラメのmtDNAは全長およそ18kb(キロベース;DNAの大きさを表す単位で,1000塩基分の長さ)の環状DNAである。mtDNAは染色体のDNAよりも著しく小さく遺伝的変異を調べやすいので,水産分野でも系群解析や集団内の遺伝的変異性の解析によく用いられている。これまでの研究によって,ヒラメのmtDNAの変異性は著しく高く,動物では比較的珍しいサイズ変異も見つかっている(Saitoh et al 1995)。これらの変異性はどんな構造に由来するのか,クローニングしてじっくり調べてみようと考えた。
 ヒラメの精製mtDNAは養殖研の小林さんからいただいた。濃度がとても低かったので,まずはエタノール沈澱で濃縮するところから始めた。その際,DNAの回収率を上げるためにエタチンメイト(ニッポンジーン社)を用いた。これは微量DNAを効率よく回収できるスグレモノである。だいたい200倍ぐらいに濃縮し,組換え実験2〜3回分の分量になった。その半分をとり,制限酵素XbaIで4断片に切断し,同じ酵素で切断したベクターにつないでホスト(大腸菌)に取り込ませてみた(図1)。
 用いたベクターは,大腸菌の中で菌体の遺伝子とは独立に殖える性質を持つ小さな環状DNA(プラスミド)である。複製能力に影響しない部位に適当な長さ(約10kb以下)のDNAを挿入すると,挿入部分もろとも殖えてくれるので,目的のDNAを大量に入手できる。最近ではクローニングのためのさまざまな便利な機能を持ったプラスミドベクターが開発されている。私が用いたpBluescript2KS+(Stratagene社)は抗生物質アンピシリン耐性遺伝子とβガラクトシダーゼ(lacZ)遺伝子を持つ。2つの遺伝子により,(1) 大腸菌がプラスミドを取り込んだ(アンピシリン耐性)かどうか,(2) プラスミドにDNAが挿入された(lacZ遺伝子の機能が失われた)かどうかを容易に選択できる。Bluescript系のプラスミドはlacZ遺伝子中に多くの制限酵素切断点を持つためさまざまな断片を容易に挿入でき,クローニング後の解析にも便利という利点がある。
 プラスミドベクターを用いたクローニングでは,DNA同士をつなぐステップがネックになってうまくいかないことが多い。まず,制限酵素で切断したベクターが再び元に戻ってしまわないように,切断面の脱リン酸化を行う。私は通常,脱リン酸酵素を制限酵素の反応系に加え,制限酵素処理と脱リン酸化を同時に行う。第1の失敗はこの横着にあった。脱リン酸化が不完全だったため,せっかく切断したベクターの多くが次の段階でもとに戻ってしまったのである。ここは面倒でも,制限酵素処理後DNAをいったん精製し,あらためて脱リン酸化したほうが安全である(しかし私は今でも横着をやめられないでいる)。
 ベクターの脱リン酸化のあとは,ベクターと目的のDNA(ここではヒラメmtDNAのXbaI分解物)を混ぜてつなぐライゲーション反応である。私はこの段階をよく失敗する。ライゲーション反応を触媒するDNAリガーゼという酵素は,2本の腕で2つのDNA切断面をつかんできてくっつけるというような性質のものではない。もともとはDNAにキズがつき,切断されかかったものを修復する酵素である。完全に切断されたDNA同士がつながるのは,反応液中に漂うDNAの切断面同士がたまたま接触した瞬間に,これまた偶然にリガーゼがやってきたときに限る。このようなチャンスは通常の条件ではほとんど起こり得ないと容易に想像できるだろう。そこで,ライゲーション反応では,3つの要素(2つのDNA切断面とDNAリガーゼ)の濃度をできるだけ高くしてやる必要がある。
 クローニングのマニュアル本には,ライゲーション反応液の量は通常20μl(1μlは1mlの1/1000)とあるが,私はこれを2μlにして反応させた。これでDNA切断面の濃度は10倍になる。ベクターと外来DNA溶液を混ぜてエタノール沈澱で濃縮・乾燥させ,滅菌水を1μl加えて室温にしばらく置き,溶解させた。これに2×反応液(DNAリガーゼ高濃度溶液・10×反応バッファ・0.1%BSA・200mMHCC・滅菌水の等量混合液)1μlを加え,12℃で一晩反応させた。BSAは酵素の安定剤,HCCは反応促進剤である。反応促進剤としてはPEGが用いられることが多いが,今回のDNAはエタチンメイトを使ってエタノール沈澱したものであり,エタチンメイトとPEGが共存すると次のステップ(形質転換)の効率を下げるので用いなかった。DNAリガーゼは不安定な物質なので,溶液はピペットの先で静かにかき混ぜ,決して気胞を出したり激しくゆすったりしないことである。低めの反応温度は,DNA切断面同士が接触している時間を長くする効果があり,DNAリガーゼの低温による活性低下との兼ね合いで決めた。
 ライゲーション反応のもう1つのネックは,反応バッファ中のATP(DNAリガーゼの補助因子)が不安定なことである。実際,供給元ではバッファの寿命を-20℃で6カ月と表示しているところもある。ATPの至適濃度は微妙で,いろいろとテストしてみたが,ただ加えればよいということではない。私は入手後,バッファを無菌的に分注して-80℃で保存している。
 次のステップは,ライゲーションがすみDNAが挿入されたプラスミドをホストの大腸菌に取り込ませる,形質転換である。クローニングに用いられる大腸菌株にはさまざまあるが,私はもっぱらDH5α(Life Technologies社)を使う。これはプラスミドの取り込み効率のよいことで定評のあるDH5(D. Hanahan作出)由来の株である。DH5が持つ形質のほかに,lacZによるプラスミドの挿入DNAの選択がコロニーの色(青か白)で容易に行えるlacZ△M15遺伝子を持ち,なお かつlacI遺伝子を欠くため,培地に加える薬品(IPTG)と手間をはぶくことができる。
 大腸菌は通常はプラスミドなどの外来DNAを取り込まない。形質転換には特殊な生理状態にしたコンピテントセルを用いる。コンピテントセルは業者から購入するか,自分で作る。自分で作る場合には,菌を室温で培養する方法(野島 1991)がよく,1μgのプラスミドpUC19あたり108個以上の形質転換体が常に得られた。これは一般市販品に匹敵し,簡便法に比べて2桁近く高効率である。また,-80℃で数1カ月保存後でも実用レベルでの効率低下はなかった。なお,形質転換には底が鋭角なエッペンドルフチューブよりも,丸底(2ml)のほうがよい。
 大腸菌に形質転換し,培地に蒔いてみたところ,ベクターの脱リン酸化で横着をしたせいか,ベクターだけで挿入DNAを持たないものが大量に生育してきた。それでも,何千というそうしたコロニーの中に混じって,挿入DNAを持つとみられるものを39個ピックアップすることができた。
 ピックアップした株を植え継ぎ,アルカリミニプレップ法によりプラスミドを抽出した。ミニプレップではリゾチーム処理ははぶくことができる。また,アルカリと中和処理までを丸底(2ml)チューブで行うとクロモゾームのコンタミのないきれいなプラスミドがとれる。
 抽出したプラスミドのサイズを電気泳動で調べたところ,さまざまな長さの挿入DNAを持っているらしいことがわかった(図2)。今回は4つに切断したヒラメmtDNAの断片をいっしょくたにして形質転換したので,いろいろな長さのプラスミドが得られたということは,その中に4種類の断片をそれぞれ含むプラスミドクローンがある可能性が高い。クローニング成功への期待は一気に高まった。
 次の作業は挿入DNAの長さのチェックと,それが本当にヒラメのmtDNAの一部なのかどうかを調べることである。プラスミドをXbaIで切断するとベクター部分と挿入DNAに分かれ,挿入DNAの長さがわかる。また,ヒラメmtDNAとの相同性をサザンハイブリダイゼーション(原理については本誌45号参照,朝日田 1994)によって調べると挿入DNAが目的のものかどうかわかる。
 こうしたチェックにより,39個のクローンのうち21個はヒラメのmtDNA断片を持ち,これらは少なくとも4種類に分けられることがわかった(図3)。そのうち2つの挿入DNAの長さはヒラメmtDNAのXbaI断片と一致する。しかし,あとの2つは不思議なクローンである。XbaI無処理(図2)と処理(図3)の泳動像の比較から,1つはプラスミド上に1カ所しか切断点がなく,もう1つはXbaIではまったく切断されない。欠失などの組換え現象の可能性があるからもう1度やり直したほうがいいよ,とベテランからアドバイスもいただいたが,学会発表要旨の締切りが迫っていたのでそのまま目をつぶって塩基配列の読みとり (シークエンス)をしてみた。結果的にはそれがよかった。
 出てきたシークエンスをパソコンを使って,2本鎖の両方についてそれぞれコドンの読み枠を3通りにずらし,合計6通りに仮想上のタンパクに翻訳し,全配列が公表されているヒト(Anderson et al 1981)と タニノボリ(Tzeng et al 1992)と相同な部分をさがし,それぞれのクローンがいったいmtDNAのどの部分なのかを調べた。その結果,ヒラメmtDNAのXbaI切断による4断片のうち,3つはまちがいなくクローニングされたことがわかった。挿入DNAを持つプラスミドのベクター部と挿入部の境界にはちゃんとXbaI認識配列が残っていた。
 ではなぜXbaIで切れないクローンがあるのか? XbaIはTCTAGAという配列を認識して切断するが,最後のアデニン塩基に化学修飾(メチル化)がかかっていると切断しない。XbaIで切れないクローンはTCTAGAに続く挿入DNAの配列がたまたまTC・・・であり,そのため大腸菌の持つDNAメチル化遺伝子(dam)の標的配列GATCになっていた(図4)。ホスト(DH5α)は dam(野生型)なので,TCTAGATCがメチル化されて TCTAGATCになってしまい,切断されなくなったらしい。
 さて,ヒラメmtDNA4断片のうち3つはその後解析も進み,約5kbの断片のシークエンスからはサイズ変異の元になっていると思われる繰り返し配列が出てくるなど興味深いことがわかってきた。しかし,もっとも長い約7.0kbの断片はまだクローニングされないままである。この断片はL鎖複製開始点などの興味深い領域を含んでいるはずである。そこで,前回形質転換に用いたライゲーション反応液の残りを用いて,もう1度形質転換してみた。
 今度は作戦を変え,別のホスト,XL1-Blue(Stratagene社)を用い,クローン選択のやり方も変えた。7.0kbの断片にはミトコンドリアのリボゾーム遺伝子が入っている可能性が高い。ミトコンドリアはもともと,バクテリアがわれわれの祖先の細胞に共生したなれの果てであり,リボゾーム遺伝子はバクテリアのものとよく似ているといわれる。その転写産物が大腸菌の中で欠陥リボゾームとして働くとしたら,大腸菌は死にクローニングできないのではないか。前回形質転換に用いたDH5αはlacI遺伝子を欠くため,プラスミドのlacZ遺伝子につないだ挿入DNAは必ず転写されてしまう。XL1-BlueはlacIを持ち,IPTGを培地に加えない限り転写は起きない。
 ただし,通常のクローン選択法は使えないので,目的のDNAを大腸菌が持っているかどうかを直接調べるコロニーハイブリダイゼーションという方法でクローン選択をした(図5)。ハイブリダイゼーション用のプローブは,目的の断片の前後のシークエンスをもとにPCR法で作った。
 コロニーハイブリダイゼーションの結果,目的の断片が入ったクローンがいくつかあるらしいことがわかった。しかしここでも,私は小さなミスを2つ犯し,そのため後々まで苦労することになった。1つは形質転換効率が高すぎ,あまりにも大量のコロニーが出てきたため,どれが“当たり”なのかはっきりしなくなってしまったことである。やむなくそこらあたりのいくつかのコロニーをピックアップしなければならなかった。ただ,この程度は大したことではない。2つ目は致命的である。私は以前のDH5αでの経験から,メンブレンにコロニーが全部くっついてしまわないように,メンブレンをあらかじめ滅菌水で湿らせるようにしていた。ところが,XL1-BlueのコロニーはDH5αとはずいぶん違っていた。菌体同士がゆるくくっついているだけで,コロニーごとポロリとはがれてメンブレンに転写されてしまうことはなかった。そのかわり,メンブレンをプレートからはがすとき菌体がプレート上を流れ,コロニー密度が高かったこともあって,ピックアップのときに付近のコロニーからわずかにコンタミしてしまった。大腸菌の株によってコロニーの物理的性質が大きく異なることを私は初めて知った。
 ミニプレップの結果は2種類のプラスミドが混ざっていることを明らかに示したが,この時点で私は事態を楽観していた。コンタミといっても,目的のプラスミドが9割以上である。もう手中に落ちたも同然である。グリセロールストックを数千倍に薄め,プレートに蒔いてコロニーの分離をすればいいだけである。
 ところが,コロニーをいくら拾っても目的のプラスミドを持ったものは得られなかった。出てきたのは“はずれ”のプラスミドばかりである。やむなく,コンタミしたプラスミド溶液を電気泳動し,目的のプラスミドをゲルから精製して形質転換し直してみた。これもダメだった。DH5αでもXL1-Blueでもまったく形質転換しないか,したと思ったら,精製したはずがほんのわずか混入した“はずれ”のプラスミドばかりである。リボゾーム遺伝子を含む7.0kb断片は,大腸菌にとってよほどの招かれざる客であるらしい。
 私は焦った。精製済みのヒラメのmtDNAの残りはすでにほかの実験に使ってしまっていた。手持ちの,わずかに残った,しかもコンタミしたプラスミド溶液がすべてなくなってしまったら,この個体からmtDNAの7.0kb断片をクローニングすることは永久にできなくなる。
 残された方法は2つ。電気泳動による精製を2回して“はずれ”のプラスミドを極力除くことと,プラスミドから7.0kb断片を切り出して別のプラスミドにつなぎ換えるサブクローニングをすることである。用いるホストはDH5αとXL1-Blueのいいところを両方持つ,DH5αF'IQ(Life Technologies社)にした。この株は形質転換効率がよいDH5αの形質をすべて持ち,そのうえにlacIを持つので挿入DNAの転写抑制が可能である。また,サブクローニングに用いるベクターは,念のためpUC19(J.W.Messing開発)という別のプラスミドにした。挿入DNAの前後の塩基配列の微妙な差によって,うまくいったりいかなかったりということがあり得るからである。
 2回精製したプラスミドの形質転換は結局うまくいかなかった。精製途中でDNAが次第に失われてしまったのと,pBluescriptに挿入されたDNAとホストとの相性が悪かったためだろう。残された最後の方法,サブクローニングに賭けるほかない。
 形質転換したDH5αF'IQのうち,転写を抑制せずに通常のクローン選択をかけた培地の生育状況から,挿入DNAを持つのは1割ほどであることがわかった。またもや脱リン酸化で手を抜いた報いである。とりあえず挿入DNAを持つものをいくつかピックアップして調べてみた。全部“はずれ”である。やはり転写産物はホストにとって有害なのか。仕方がない。あとは力仕事である。lacZ遺伝子の転写を抑制した培地から,片っ端からピックアップして調べるしかない。しかし,数10コロニー拾ってみたがすべて“はずれ”だった。土日返上で朝から晩まで実験を続けたので,疲労の色が濃い。それにある事情があって,予定ではあと1日でこの作業から離れなければならない。日をあらためて切り出しとライゲーションからやりなおすか? いや待て,もう1度だけ数10コロニーをピックアップしてみて,それがダメだったらやりなおそう。
 気をとりなおして,また片っ端からひたすらピックアップした。目的の7.0kb断片は基本的にホストにとって招かれざる客であり,重荷である。とするとその形質転換体は弱く,生育が遅い可能性がある。そこで,今度は小さなコロニーを中心に,ケシ粒のようなコロニーも含めて拾っていった。
 最後にピックアップした数10コロニーの中から,ようやく目的の断片を持つクローンを3つ拾い上げることができた。やはりケシ粒のようなコロニーであった。実験予定最終日の夕方のことである。
 シークエンスの結果,得られたクローンがヒラメmtDNAの7.0kbの断片を持つことがわかり,これまでの3つとあわせてmtDNA全領域のクローニングがようやく完成した(図6)。これで,ヒラメのmtDNAならどの部分でも解析できる手段を得たことになる。当面はDループ領域にある繰り返し配列など,興味深くまた水産上有用な変異を解析するつもりである。結局,クローニングの究極のコツは,単純なようだが“最後まであきらめない”ということである。

八戸支所 底魚資源研究室

引用文献

Anderson S, Bankier AT, Barrell BG, deBruijn MHL, Coulson AR, Drouin J, Eperon IC, Nierlich DP, Roe BA, Sanger F, Schreier PH, Smith AJH, Staden R, Young IG. 1981.Sequence and organization of the human mitochondrial genome. Nature 290:457-465.

朝日田 卓. 1994. mtDNA分析によるヒラメ種苗の遺伝的特性の研究. 東北水研ニュース 45:5-11.

野島 博. 1991. 高効率コンピタントセル調製法. 村松正美・岡山博人編, 遺伝子工学ハンドブック,pp46-51, 羊土社, 東京.

Saitoh K, Tanaka M, Ueshima R, Kamaishi T,Kobayashi T, Numachi K. 1995. Preliminary data of restriction mapping and detection of length variation in Japanese flounder mitochondrial DNA. Aquaculture 136:109-116.

Tzeng C-S, Hui C-F, Shen S-C, Huang PC.1992.The complete nucleotide sequence of the Crossostoma lacustre mitochondrial genome: conservation and variations among vertebrates.Nucleic Acid Res 20:4853-4858.

Kenji Saito

目次へ