研報58掲載論文の紹介

I 海洋構造,栄養塩および植物プランクトン

遠藤宜成・田村 勝・小谷祐一・瀧 憲司・谷口 旭



 ツノナシオキアミ漁業は三陸・常磐海域の重要な沿岸漁業となっているが,対象となるツノナシオキアミEuphausia pacifica HANSEN の現存量,分布の季節変化など不明の点は多く残されている。今回,東北区水産研究所漁場生産研究室と東北大学農学部生物海洋学講座とで共同研究を行い,ツノナシオキアミの生態を,物理,化学,生物学的環境条件を含む総合的な観点から捉えようとした。本論文では,女川湾沖定線における物理・化学的環境条件と植物プランクトン各種の分布の季節変動を調査し,本水域における水塊交替と植物プランクトンの季節消長および現存量との関連を検討した。
 同定・計数を行ったマイクロプランクトン3分類群のうち,珪藻類の出現細胞数が調査期間を通して最も多く,渦鞭毛藻類および珪質鞭毛藻類の合計よりも1〜2桁多かった。特に4月に親潮系水の貫入があった沖合の測点(水深300m)では,珪藻のブルームが起こっていたことが示された。しかしそれ以降6〜10月には,水温躍層の発達に伴い一転して細胞数は少なくなった。一方,沿岸側の測点(水深50m)では,親潮系水の影響はそれほど受けておらず,むしろ陸水の影響を受けた沿岸水の張り出しにより,珪素を中心に栄養塩が供給されることによって,珪藻類にとって好適な環境が維持され,調査期間を通じて常に細胞数は多かった。温度成層が顕著に発達した6〜8月にも高密度の細胞数が維持される要因は,表層からの栄養塩供給であり,これには陸水の影響が寄与していると考えられる。これが沿岸側に特徴的な環境条件であり,細胞数の季節変動における上述のような差異を生み出していると考えられる。また中間の測点(水深100m)では,親潮系水の影響も沿岸水の影響もそれほど受けず,調査期間を通じて細胞数は低い値を示した。
 以上のことから,本水域で優占している珪藻類は沿岸側と沖合とでそれぞれ異なった群集が形成されており,それぞれの栄養塩供給過程を背景にして繁栄していると考えられる。沿岸側では沿岸水による栄養塩供給が,また沖合では親潮系水による栄養塩供給が,それぞれ珪藻類群集のブルームにとって重要な要因であると考えられる。また両者の境界にあると考えられるところでは,生産性が低いことが示唆された。

(業績番号:540A)


遠藤宜成:東北大学 農学部
田村 勝:エコニクス(株)
小谷祐一:南西海区水産研究所
瀧 憲司:資源管理部 漁場生産研究室
谷口 旭:東北大学 農学部


Nobunari Endo
Masaru Tamura
Yuuichi Kotani
Kenji Taki
Akira Taniguchi

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