珍魚出現? “イレズミコンニャクアジ”


朝日田 卓


 猛暑と呼ぶにふさわしい暑さを記録した95年夏、1尾の珍魚が塩釜市沖に浮かぶ網地島の底刺網にかかった。8月1日のことである。資源管理部に正体不明の魚が持ち込まれたので見てほしいとの連絡を受け、重い魚類検索図鑑を抱えて浮魚資源第一研究室の扉を叩いた。そこには、40cm程の暗灰色の魚が横たわっていたが、一目見た瞬間、こいつはどこかで見たことがあるぞと思った。記憶をたどって引き出した名前は“イレズミコンニャクアジ”であった。確か一度だけ写真か標本を見たことがあるだけであったが、その特異な姿は印象深く頭の片隅に刻まれていた。
 イレズミコンニャクアジは人の目に触れることは稀で、我が国からはまだ10個体ほどの標本があるに過ぎない珍魚である。生態は全く不明で、分類上は1科1属1種とごく近縁の仲間が誰であるかの見当も全くついていない。今までに標本が得られた所は主に宮城県、岩手県からアラスカ、オレゴン沖にかけての北太平洋の寒海域で、水深は表層から730m付近までである。また、本州中部以南でも記録がある。成魚は沖合いからしか記録されていないが、幼魚は沿岸域にも現れる。今回得られたものも全長367mm、体重595.9gの幼魚であった(写真)。体が柔らかく、鱗が無いなどの特徴を持つが、幼魚期にある入れ墨様の斑紋と腹鰭は成長につれて消失する。和名は入れ墨様の斑紋とコンニャクを連想させる柔らかな体、およびアジ類との関連が考えられたことによっている。ちなみに学名 Icosteus aenigmaticusは“骨の柔らかい惑わすもの”という意味である。成長すると全長2mほどになり体色は一様に褐色となる。86年夏に三陸沖で漁獲された成魚の卵巣には成熟卵があったことから産卵期は夏と考えられるが、詳しいことは不明である。
 昨夏は岩手県南部の定置網にもイレズミコンニャクアジが何尾か入ったという情報が寄せられた。どうやらイレズミコンニャクアジの当たり年だったようであるが、猛暑や海況との関わりは不明である。なお、貴重な標本を提供して頂いた塩釜魚市場ほか関係者の皆様に感謝致します。

(資源増殖部 魚介類増殖研究室)

kiren@myg.affrc.go.jp

前ページへ