「動物プランクトンの生産に関する国際シンポジウム(ICES Symposium on Zooplankton Production)」に参加して

小谷祐一


  1. はじめに

     国際シンポジウム「動物プランクトンの生産:その測定方法と地球規模の生態系や生物による地球化学的な循環における役割(Zooplankton Production : Measurment and Role in Global Ecosystems and Biogeochemical Cycles)」に参加しましたので、発表した内容の紹介等を交えてここに報告致します。
     このシンポジウムは、ICES(International Council for the Exploration of the Sea,国際海洋開発委員会)の主催のもとで、昨年の夏(1994年8月15日〜19日)にイギリス南西部の港町プリマス(図1)にあるプリマス大学で開催されました。この会議の第1の目的は、『動物プランクトンの個体群動態と大規模な海洋環境の変動は密接に関連しており、またより高次の海洋生物資源の変動のみならず、基礎生産や地球規模の物質循環をも支配している』という命題を実証するための新しい理論や研究方法を探し出すことでした。また、動物プランクトンや生態系モデルの研究者たちが集って第一線での研究を紹介するとともに、GLOBECやGOOSといった国際共同研究における新しい研究方法について論議する場でもありました。
     そのような論議には到底ついていけるはずもない乏しい英語力と浅学な私ですが、いままで文献でしか接することができなかった著名な研究者や1990年9月に軽井沢で開催された「第4回国際橈脚類会議」で出会った懐かしい名前を送られてきた要旨集に見つけて、出発前から本シンポジウムにおおいなる期待を抱いていました。しかし、筆者にとって今回は初めての海外出張ということでもあり、少なからぬ不安を胸に初日の滞在先ロンドンへと8月14日の正午に成田空港を飛び立ったのでした。

  2. ロンドンからプリマスへ

     日本航空JL403便での快適な空の旅(実は、食事の時間以外はほとんど寝てばかりいた)の後に、ロンドンのヒースロー空港に到着したのはその日の午後4時でした。すぐに帰りの便の再予約(何故、こんな手続きをするのか未だに理解できないのですが)をすませて、その夜の滞在先であるホートクレストホテルに向かいました。ホテルのレストランで食事をした後は、これから夜のロンドンへ繰り出そうという気も起こらず、飛行機が離発着する空港の夜景を窓辺で眺めていると急に寂しくなって、はからずも日本の家族に電話してしまいました。「電話の掛け方を練習してみただけだ。」とうそぶいてみたけれど、家族にはすっかり見透かされていました。そういえば空港に着いてからは耳に入ってくるのは英語ばかりで、早くも拒否反応を起こしそうになっていたことも否定できません。しばらくテレビを眺めていましたが、英文和訳(?)の作業にも疲れ、いつのまにか寝てしまいました。
     目が覚めるともう出発しなければならない時刻で、あわてて空港行きのバスに飛び乗ったのですが、時間に余裕のない時ほど得てしてトラブルに陥るもの。空港には着いたものの、国内線のカウンターが見つからず、広い空港を行ったり来たり。国内線の受付にたどり着いた時にはもう出発予定時刻まで30分ほどしか時間がありませんでした。しばらくして行列がいっこうに前に進みそうもないことに気づき、プリマスに行きたいとの旨を伝えると、「ここに並んでいなさい」との答え。「時間がないので先に受け付けてくれないか」と願い出ると、「だいじょうぶ、時間はある」との一点張り。あれこれとやりとりがあって予約チケットを見せると、この便は3時間遅れているとのこと。今回の旅行でもっとも冷や汗をかいた一コマであり、英会話力はもちろんのこと、下調べと余裕をもって行動することの重要性を痛感した次第です。軍用機のようないかつい外装とたくましいエンジン音のするブリティシュ航空の小型プロペラ機に乗り込んで、プリマスまでの約2時間、窓の下には緑の牧草地帯が果てしなく広がっていました。

  3. 開会から初めてのポスター発表まで

     本シンポジウムは、委員の一人であったJohn Gamble博士の死去という悲しい知らせで幕を開けましたが、基調講演にはいるとすぐに活発な論議が展開されました。日毎にテーマが設定され、午前中は招待者による講演、午後は口頭発表とポスターセッションという形式で進められました。
     ポスター発表で私に与えられた義務は初日(8/16)の午後でした。とにかく、その間はポスターの前に立って自分の研究を売り込まなければなりません。あらかじめ用意していたプロシーディングスへの投稿原稿を何度も読み返しては、単語だけでも憶えようとしました。一般に英会話は習うより慣れろと言いますが、それにしても、我が頭脳の処理速度の遅さとメモリー容量の小さいことをあらためて認識させられた次第です。約1時間15分のあいだに、3組の研究者たちが私の説明をきいてくれました。私の発表は「北部北太平洋は寒冷で栄養塩が豊富であるとともに、とてもあぶらっこい」のだという話から始まります。そのタイトルは「Measurement and ecological importance of lipids of subarctic copepods in Oyashio waters(親潮水域に出現する橈脚類の脂質の測定方法と生態学的重要性)」であり、親潮水域に優先して出現する動物プランクトンの一群である橈脚類が多量の脂肪を蓄えること(写真)、その脂質成分を分析する方法と結果の一部を紹介するとともに、親潮水域の生態系における植食性橈脚類の脂質蓄積の役割について報告しました。南極海の橈脚類の脂質について研究しているドイツのキール大学のHagen博士とその師であるKattner博士が私の説明を熱心に聞いてくれました。いくつかのアドバイスをくれた後に「是非、プロシーディングスに投稿しなさい」といってくれたのがとても嬉しかったことを憶えています。

  4. プリマスでの生活と印象に残ったこと

     プリマスはタマー川の河口にあり、イギリス海峡に面した港町です。16世紀のスペイン戦争の際にはイギリス艦隊の拠点となったところでもあり、いまでも海峡に面した城塞とバービカンと呼ばれる望楼は観光の名所の一つになっています。現在は軍港としてまた商業港としても栄えていますが、博物館、記念碑や景勝など、どちらかというと観光地といった雰囲気の町です。この町でもっとも有名な人物は、1588年にスペインの無敵艦隊を打ち破ったサー・フランシス・ドレイクという人で、出撃の直前までこの町でボール遊びをしていたとのことです。またプリマスは、1620年にメイ・フラワー号でアメリカに移住した清教徒の一団が最後に立ち寄った港として、1768年にキャプテン・クックが世界探検の旅に出発した港として、さらに1831年にチャールズ・ダーウィンがビーグル号による調査に旅立った港としても知られています。イギリス海峡を望む小高い丘(Plymouth Hoe)に立って目をとじた時、映画で見た幾つかの出港の場面を思い出し、感慨深いものがありました。
     シンポジウム開催中は、ほとんどの人が大学の寄宿舎での生活でした。とはいっても、すべて個室でかつ建てられて間もない建物(その一部はまだ建設中であったことから、工事の音がシンポジウムを中断させることになったが)でした。さらに宿舎は会場のピッツ記念会館のすぐ近くにあり、気候は温暖で生活そのものは快適であったはずです(?)。というのは、シンポジウムの開催期間中は私には宿舎での時間的なゆとりはまったくなく、そこはただ寝るだけの場所だったのです。ちなみに、大会2日目のスケジュールを紹介しますと、午前中は8時30分から招待者による講演が5題、12時から14時までがお昼休みで、午後からは会場をプリマス大学構内に移して14時から17時15分までが研究発表で、その間の15時から16時15分までがポスターセッションでした。そして、夕方6時には会館前に再び集合してボートクルーズに出かけ、午後8時頃からBBQ(バーベキューパーティーのことです)がはじまり、その夜もかなり遅くまで談笑していました。イギリスでもヨーロッパ時が使用されているため、夏は午後8時を過ぎてもまだ空は明るいので夕食の始まりも遅く、つい夜更かしをしてしまいます。時差ボケも手伝って、朝はなかなか起きられませんでした。夕方以降も市内観光やボートクルーズ、市庁舎訪問、バーベキューパーティー、ディナーパーティー等があり、私にとってはかなりのハードスケジュールだったことは確かです。それでも、オキアミ類の分布生態学において世界的に有名な研究者であるMauchline博士と会食しながらお話が出来たこと(写真)、第4回国際橈脚類会議で知りあったオレゴン州立大学のMiller博士(同博士が日本周辺海域で報告されていた橈脚類Calanus plumchrusがNeocalanus plumchrusと新種Neocalanus flmingeriで構成されていることを明らかにした。おかげで、私は今もかなり悩まされている)や暖水塊に関する日米豪ワークショップで知りあったウッズホール海洋研究所のWiebe博士とも再会することができたこと、太平洋西岸の橈脚類についての生態学的研究を精力的に進めているスクリップス海洋研究所のOhman博士にお会いする機会を得たことなど、今回のシンポジウム参加では人との出会いと交流を通して得たものが非常に大きかったと感じています。

  5. おわりに

     本シンポジウムには世界30ヵ国から150名以上の参加が、日本からは私を含めて10名の参加がありました。筆者にとっては初めての海外出張であり、とにかく緊張の連続でしたが、貴重な経験をさせて頂きました。そして多くの若い研究者が早い機会にいくつかの国際研究集会に参加し、外国の研究者たちとの交流を深めることの必要性を感じました。本シンポジウムには、平成5年度科学技術振興調整費(重点基礎研究)における国際研究集会参加旅費で出席致しましたが、水産庁研究課各位および東北区水産研究所鈴木企画連絡室長には諸手続きにご苦労頂き、この書面をお借りしてお礼申し上げます。
     なお、本シンポジウムの内容について関心のある方は、ICES Journal of Marine Scienceの特別号として刊行される予定のProceedingsを参照されることをお勧め致します。
(資源管理部主任研究官)

Yuichi Kotani

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