簡単な原理で正確にヒラメの放流サイズと生き残りとの関係を調べる方法

山下 洋



 「東北ではヒラメを10cmで放流しとるんやけど、もっとちいそうできんかなあ」。これが、平成元年の春、当時資源増殖部長だった畔田さんが、長崎訛りの京都弁で赴任してきたばかりの私に最初に出したオーダーでした。「どげなこつができるかわかりませんばってん、やってみまっしょ」と私が博多弁で答えたかどうかは定かでありません。
 まず、学生時代からずいぶん御世話になっていた岩手県に相談したところ、岩手県もヒラメの放流技術開発事業の最重要課題が放流サイズの決定であったことから、平成元年の秋の放流から共同で調査を行うことになりました。しかし、海洋研究所時代にはイカナゴ、いわし類、スケトウダラなどの仔魚期の生態研究を行っていた私にとって、異体類のしかも着底後のかなり大きくなったステージの研究は、例えて言えば外国にひとりで放り出されたようなものであり、“何がなんだかさっぱりわからない状態”でした。そこで初年度である平成元年には、とりあえず従来(マリーンランチングの頃)から行われていた方法を採用して放流−再捕調査を行うことにしました。
 岩手県南部栽培漁業センターで育てられたヒラメ種苗を全長6cm(25,000尾),9cm(25,000尾),12cm(26,000尾)の3群に選別し、それぞれにALC(アリザリン・コンプレクソン)、青ラテックス、ピンクラテックスで全数標識を施し(図1)、9月上旬に南部栽培センターに隣接する大野湾に放流しました。
 “何がなんだかわからない状態”を克服するための常套手段は、何でもかんでもやってみることです。ヒラメを知りフィールドを知るために、最初はしつこく潜水して行動観察を行い、並行してしつこくしつこく再捕調査を繰り返しました。余談ですが、メンバー不足のために無理やりやらされている昼休みのサッカーの練習でも「キック力やボールの扱いは最低だが、ボールに対してひどくしつこいところがよろしい」とおほめの言葉を頂いております。翌年の夏まで、毎月1回以上捕って捕って捕りまくり作戦を展開し、この調査によっていろいろなことがわかりました。その内容は他の機会に譲りますが、注目すべきこととして調査方法についての問題点が浮かび上がってきました。それを以下にまとめますと、
  1. 6cm群、9cm群、12cm群という3cm間隔では、体長間隔が広すぎる。1cm間隔くらいまで精度を上げたいが、例えば、1cm間隔で種苗を4cmから13cmまで放流すると10通りの識別可能な標識が必要になりこれはかなり困難である。
  2. 6cm群、9cm群、12cm群といっても正確な選別は難しく、私達の放流群でもサイズレンジはそれぞれ3.7〜9.1、6.7〜10.8、9.2〜15.1cmとなっており正確さに大きな問題が残されている。
  3. 放流後の追跡再捕調査で用いられる採集具(本研究では2m×30cmのソリネット)には漁獲サイズに選択性があるため(大型魚ほど採集されにくい)、最終的には市場に水揚げされたマーケットサイズの個体について調べる必要がある。ところが、タッグ類やラテックスなどの外部標識では、1年もたつと脱落したり筋肉中に埋没して発見が困難になる。

 以上の問題点を解決し、より正確に放流サイズと生き残りとの関係を調べる方法として考案したのが「放流直前のALC標識法」でした。原理はじつに簡単です。できるだけ広い体長範囲を持つ放流種苗を準備し、放流直前にALC標識を施します。本研究では80ppmのALC海水に24時間の浸漬を行いましたので限られた水槽スペースで数万尾の種苗を標識化するために3日間要しました。この期間は餌止めしていますので成長はほとんど無視できるものとします。この段階で全長(TL:cm)と耳石長(OL:mm)の関係を調べると以下のように高い相関の一次回帰関係が得られました。
平成2年放流 5.2cmから14.8cm
有眼側 TL=5.320OL-3.962 R=0.963 N=60
無眼側 TL=5.272OL-3.668 R=0.955 N=60

平成3年放流 4.4cmから14.7cm
有眼側 TL=5.014OL-2.528 R=0.973 N=55
無眼側 TL=5.118OL-2.771 R=0.977 N=55

 あとは、放流を行い再捕魚の年齢を査定し放流年を調べたのち耳石上のALCマーク径を測定すれば放流時の全長が推定できる仕組みです(図2)。ALC標識は5歳魚まではほぼ確認できることが報告されています。この方法を用いて、平成2年には全長5cmから15cm36,000尾、3年には4cmから15cm73,000尾を大野湾に放流し追跡再捕調査と市場調査を平成4年12月末まで行いました。ところがここで、私達の研究費では市場サイズのヒラメを多数集めるのは困難であるという新しい問題にぶち当たります。海区水研の資源増殖部には栽培関係の研究費は1円もないという実態があり、私達の栽培に関係する研究も経常費のみで支えられています。そこで、つてをたどって漁協の組合員であり青年部の漁業研究会長、しかも大船渡魚市場で仲買をやっている山本さんという方にお願いし、刺身を取ったあとのヒラメの頭を集めてもらうことにしました。山本さんはずいぶんこの研究に興味を持ってくれて、自分で取り出した耳石1個体分ごとに、全長、漁獲日、漁獲場所等のデータをつけて1カ月単位で栽培センターに届けてくれました。通常はALCの価格が高いためできるだけ薄い溶液を使い、蛍光顕微鏡を用いて蛍光発光を確認するのですが、私達は肉眼で確認できるよう濃いめの溶液を使用し耳石をピンク色に染めることに成功しました(図2)。山本さんによると、「ピンクの耳石が出てくるとくじに当たったような気がして、耳石取りはなかなかおもしろかった」とのことでした。
 この放流−再捕調査によって得られた放流サイズとマーケットサイズまでの生き残りとの関係を図3に示します。両者の関係を分かりやすくするために、RSI(release size index)という指数を勝手に作りました。例えば平成2年放流種苗の10cm群のRSIは、(全再捕個体数中の放流サイズが10cm台の個体数の割合)/(全放流個体数中の10cm台のヒラメの個体数の割合)で表され、分子が28.6%分母が21.0%ですのでRSI=1.36となります。RSIが1以上であればそのサイズは相対的に生き残りがよく、1以下であれば生き残りが悪いことを示します。図3からは、2年放流種苗、3年放流種苗ともに放流全長が9cmを越えると生き残りがよくなることがわかります。放流全長が13〜14cm以上では逆に生き残りが悪くなる結果が得られていますが、これは放流数が少ないことによるサンプリング誤差と考えられます。また、この放流−再捕調査用の種苗を準備するに当たって非常に重要なことは、複数の生産回時群を混ぜることです。単一の生産群のみを使うと、大型魚は成長がよくて生残能力の高い個体、小型魚は逆に劣等な個体である可能性が高く、比較にならないからです。できれば、サイズごとの個体数もできるだけ均等にした方がよいでしょう。平成3年種苗ではそのように努力しました(図3)。
 ところで、なぜ9cm以下で放流したヒラメ種苗の多くは大きくなって魚市場へ戻ってこなかったのでしょうか。そのメカニズムの主役が「大型魚による捕食」であるという仮説をたて、私達は放流−再捕調査と併行して放流場周辺で種苗の捕食者調査を行いました。私達の調査結果と岩手県が同じ海域で過去に行った調査結果を合わせると、調べた27種1138個体の魚類のうちヒラメ、アイナメ、クロソイ、マツカワ、コモンカスベの5種についてヒラメ種苗の捕食を確認しました。捕食率は放流後1週間が最も高く、放流場周辺をうろついていた全長15cm以上の捕食者となりえる魚類の10%から30%が実際に種苗を捕食しており、2週間目に入ってもまだ断続的な捕食が確認されました(図4)。28日後にたまたま採集したヒラメとアイナメ6個体中2個体が放流ヒラメを捕食していた例もあり、放流ヒラメの被食が長期間続いていたことが示唆されました。ヒラメ種苗の生き残りに大きな影響を与える主要な捕食者は圧倒的に分布量が多い1歳ヒラメとアイナメでした。野外の自然条件下では、ヒラメ、アイナメともに捕食者の体長が被食者の体長の約3倍を越えると捕食可能となることがわかりました。ヒラメの放流場周辺では全長35cmを越える大型魚の分布は非常に限られています。そこで、全長35cmの捕食者が容易に捕食可能な種苗のサイズを捕食者−被食者の体長関係から計算したところ、全長約9cmと推定されました。これは放流−再捕調査から得られたRSIポジティブな放流サイズの下限とも一致しました。さらに、この研究方法の優れた点は、放流サイズ、再捕サイズ及び放流から採捕までの日数により個体ごとに放流後の成長速度を推定できることです。放流サイズと成長速度の関係(図5)は、10cmで放流された個体は翌年夏までの平均成長速度が0.15mm/日以上、9cmで放流された個体では0.25/日以上、8cmで放流された個体では0.35mm/日以上ないと生き残る確率がかなり低くなることを示唆しました。すなわち、小型個体ほどより高い成長速度で早く捕食されないサイズに達することが、種苗の生き残りにおいて最も重要なファクターであることをこれは示しています。一方、大野湾はヒラメ幼期の餌料であるアミ類が非常に豊富な海域であり、放流ヒラメが餌不足に陥る可能性は考えられません。以上のことから、私達は大野湾における放流ヒラメの主要な減耗要因は被食であると結論しました。
 さて、最後に残された問題は実際に何cmで放流するかということです。放流サイズを決めるに当たっては、種苗のサイズごとの回収率(再捕率)、生産スペース、生産コストを考慮しなければなりません。この中で、サイズ別回収率は本研究と県が行っている年級群ごとの全体の回収率から推定できます。また、種苗生産スペースは基本的に一定ですので、小さい種苗ほど放流数を増やすことができるという要素があります。実際の放流サイズの決定については岩手県にお任せしてありますが、栽培センターは最終的には8cm放流を目指して検討中と聞いています。これに放流前の馴致(トレーニング)などを加えれば、さらに小型化も可能かも知れません。
 畔田さんに頂いたテーマについては、問題点は多々残されていますが新しい調査手法を提案し事例研究としての結果を出した現段階で、一応終わりにしたいと考えています。私達は、新たにヒラメの栽培漁業に関して非常に重要な新しいテーマに取り組み始めました。何を始めたかって? それは内緒です。乞御期待。

参考文献

山下 洋・山本和稔・長洞幸夫・五十嵐和昭・石川 豊・佐久間修・山田秀秋・中本宣典 (1993). 岩手県沿岸における放流ヒラメ種苗の被食. 水産増殖 41, 497-505.

Yamashita, Y., S. Nagahora, H. Yamada, and D. Kitagawa (1994). Effects of release size on survival and growth of Japanese flounder Paralichthys olivaceus in coastal waters off Iwate Prefecture, northeastern Japan. Mar. Ecol. Prog. Ser., 105, 269-276.

(資源増殖部魚介類増殖研究室長)

Yoh Yamashita

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