構内LANって何をするもの?

−あの黄色い線は筑波から世界にもつづいています−

大関芳沖


 東北水研に構内LANを引いて1年半がたちましたが、研究所を訪問した外部の人に、「あの廊下の天井に張っている黄色い線は何ですか?」と聞かれてちゃんと答えられた人は何人くらいいたでしょうか?「さあ、海洋環境部の人は使っているようですが‥」というような答がほとんどであったろうと思います。かく言う私も導入推進者の一人でありながら、「それで何が出来るのですか?」と聞かれるとはなはだ答えにくい思いをしました。「それはなぜか?」そして「今はどう変わったのか?」それがこの話のテーマです。

 あの黄色いケーブルはイーサネットと呼ばれ、幾つものコンピューター同士をつないでいます。何でもネズミが一番食べにくい色が黄色だそうで、それであんなに目立つ色をしています。現在東北水研の中でつながれているコンピューターは、僅かに4台だけですが、今年中にはイーサネットが資源増殖棟まで延びることになっており、接続されるコンピューターもあと5台増える予定です()。これまではこのネットワークにコンピューターをつないでも、単に所内の研究室間でデ−タのやりとりが出来るとか、他の部屋のプリンタに打ち出せるとか言うだけのことでした。「それなら走ってフロッピーディスクをもらいに行った方が速いし確実だ」、「わざわざ人の部屋のプリンタに打ち出す必要がない」、確かにその通りです。だからネットワークの必要性を人に説明するときに困ってしまっていたのです。
 このネットワークを引いた本来の目的は、狭い研究所の中で研究室間の糸電話遊びをするためではないのです。このネットワークの目的は自分の研究室の机から、文献検索をしたり、北海道や九州の研究所の人にデ−タや文書を送ったり、大きな数値デ−タを筑波に送って計算させたりするためのものだったのです。このためには所内のネットワークを外部とつなぐ必要があり、IPルーターという機械が必要です。IPルーターは、いわば関所を通過する情報を監視して交通整理するワークステーションの仲間です。このIPルーターが、昨年度末に技術会議の筑波事務所電子計算課のおかげで当所にも配置されることとなりました。これは水産研究所としては中央水研、水工研、遠水研に続いて4番目に当たり、他の場所がいずれも大型の端末(B端末,D端末)を持つ場所であることを考えると、予想外の早さでした。これは幾人もの人の努力の結果なのですが、6月末にようやくソフトウェアの整備が終了し、本格的な運用が可能となりました。

 現在では、研究室のワークステーションを動かしてオープンウィンドゥのメニューを開くと、「ACOS(筑波)」「BBS(筑波)」「SAS(筑波)」の3つのメニューも同時に表示されます。ここでACOSを選択すると、ちょうど電算機室の端末の前に座ってユーザーIDを入れるのと同じように画面が始まり、文献検索やライブラリープログラムの実行が出来ます。BBSは電子メールや掲示板、フォーラムといったちょうどパソコン通信のような内容です。SASは今や世界標準の感がある統計パッケージです。
 このネットワークがつながったことにより、各研究室からこれらのプログラムを動かすことが出来るようになりましたが、この大きな利点はこれまでパーソナルコンピューターで作ったファイルを、送ったり処理したり出来る点です。例えば、私の扱っているサンマの漁獲デ−タが過去20年分でフロッピーディスク5枚あるとします。もし私がプログラムに詳しくて、デ−タの解析方法も決まっていれば、プログラムを作ってフロッピーディスクを順番に読み込んでやることで、求めている結果が出てくるでしょう。しかしながら私を含めて生物研究者の多くはそれほどプログラムにも詳しくなく、かつどのデ−タを選ぶかとか、どういう解析をするかとかがはっきりとは定まっていないことがほとんどです。その時には「ロータス−123」のようなデ−タ解析ソフトにデ−タを入れていろいろと仮説を検証してみることになるのが普通ですが、フロッピーディスク5枚分ものデータをうまく扱えるパソコンのソフトには、残念ながら心当たりがありません。つまりお手上げでした。今回ネットワークがつながったことによって、このようなデ−タについてはまずパソコンかワークステーションに放り込んで、1つのファイルにまとめた後、筑波のSASに送って、いろいろと料理してやることが出来るようになりました。出てきた結果のファイルはこちらのパソコンかワークステーションに戻してから、出力すれば良いのです。操作は全て自分の机の上から出来るのですから、あの黄色い線とIPルーターのおかげで、あなたは大型コンピューターの端末を自分の机の上に手にいれたことになるのです。
 またもしあなたが某研究所のH氏と共同で、あるデ−タセットの解析を行うとします。2人とも忙しくて一緒に仕事は出来ないし、出張する旅費もない、電話では手数がかかるし、手紙を書いている暇もない。そういう時でもこのネットワークがあれば、机の上から仕事が出来ます。この研究のためにH氏の研究所に申請して貰ったパスワードを使って、先方のワークステーションに入り、共同のファイルを開きます。昨晩相手が入れた解析結果とコメントを見ながら、自分の考えに基づいてデ−タを加工します。出てきた結果をファイルにし、H氏の考えと自分の結果の違いにコメントを加えて今日の作業は終わりです。論文の作成や加筆も同じようにして出来ます。つまり相手の作業時間帯を束縛せずに共同で仕事をする事が出来ます。
 このネットワークは現在のところ、日本国内のそれも農林水産研究場所のみをつないでいるに過ぎませんが、今年末にはこの筑波のネットワークを外部につなぐ計画が進行中だそうです。計画では、まず東大の大型計算機のネットワークにつなぎ、それを介してハワイ大学のネットワークに入り、そこからNASAのネットワークにも接続することが出来るようになるそうです。このネットワークが完成すれば、国外の研究者ともリアルタイムで情報を交換することが出来るようになり(時差にも拘らず、夜中に起きて仕事をしている人の場合です)、2,3年前の環境を考えるとまるで夢のような気がします。

 このように、各研究室のコンピューターがこのネットワークを介して、外部とつながることは大変良いことなのですが、システムの管理・保守の面からみるとやっかいなことも少なくありません。一人で使っている場合は、故障したり、ファイルを盗まれたり、大事なファイルを書き換えられてしまったりしても、その人ひとりの被害でとどまっていました。しかしながらネットワークの中でこのようなことをされると、その迷惑は東北水研だけでなく、外部の機関にも及ぶ可能性があります。このため、ネットワークを使用される皆さんには、呉々もパスワードの管理に気をつけ、時々はパスワードを変更するようにお願いしています。また万一に備えて、大事なファイルは時々テープにバックアップを取って置くことも重要なことです。我々管理担当者(安田技官と私)もシステムの保守には気を遣っていますが、なにぶん専門家ではないため行き届かないことが多いと思います。これを機会に次代のシステム管理者を養成しなければならないとも考えております。
 繰り返し言い古されてきたことですが、我々にとってコンピューターは研究すべき対象ではありません。自分の仮説を検証し、結果を説得力のあるように整理して公表するための道具に過ぎません。使い方がうまければその作業にかかる時間が短くなるのはその通りですが、大事なのは研究の感性であり、対象への目のつけどころであることは言うまでもありません。ぜひ便利になったコンピューター環境を駆使して、良い研究をされんことを祈っております。なお各種ソフトウェアの使い方については、資源増殖棟へのネットワーク延長が終了次第、所内講習会を開く予定です。皆さんふるって参加して下さい。最後にこのネットワークならびにIPルーターの設置・調整に際してお世話になった東北水研の庶務課ならびに筑波事務所電子計算課の方々にこの場を借りて厚く御礼申し上げます。

(資源管理部浮魚資源第1研究室)

Yoshioki Oozeki

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