エゾアワビにおけるアイソザイム遺伝子と量的形質の関連性

原 素之


 アワビの人工種苗生産現場では、採苗時期や生産年によって種苗の成長や生残率に差異のみられることが知られている。これらの原因として飼育養成中の水温や餌条件等の違いとともに、使用する親貝の遺伝特性の違いがあげられる。成長や生残率などのように数量で把握される量的形質は、遺伝子1個の効果が小さい多くの同義遺伝子によって支配され、また環境の影響を受けやすいとされている。このような遺伝子はポリジーンと呼ばれている。これに対して遺伝子1個の効果が大きくその効果が形質の質的差としてとらえられる遺伝子は主動遺伝子と呼ばれている。主動遺伝子の中には通常ポリジーンで支配されている量的形質に影響を与える遺伝子も少なくない。現在、遺伝子分析手法として電気泳動で識別できるアイソザイム遺伝子分析法は、操作が割りと容易であり遺伝子分析に有効であることが知られている。アイソザイム遺伝子と量的形質との関連性を検討することは育種を効率的に進める上で重要と考えられる。海産貝類における遺伝子と量的形質の関係では、バージニアガキでAat-1遺伝子型と成長(参考文献1)、マガキでCat遺伝子型と成長・生残の関連性(参考文献2)が明らかにされている。エゾアワビにおいてもLapおよびPgm-1遺伝子座の遺伝子と成長で、またLapおよびPgm-2遺伝子座の遺伝子と耐低温性で関連性が示唆されたので紹介したい。
 岩手県気仙町漁協のアワビ種苗センターで生産された人工種苗の11ロットを調べた結果、8ロットにおいてPgm-1遺伝子座のC遺伝子とサイズに関連が見られた。すなわち、殻長サイズで小・中・大の順にC遺伝子頻度が高くなる傾向がみられた(参考文献3)。これはPgm-1遺伝子座のC遺伝子が成長に何等かの関連があると考えられる。そこで、さらに詳しく調べるために雌雄1:1の種苗を作成しLapPgm-1遺伝子座の遺伝子と成長の関連性を検討した。種苗作成用親貝の雌としてA,B,C、雄としてD,E,Fの6個体の組合せからAD,AE,AF,BE,BF,CFの6ロットを作成した。これらの種苗を1年間ロットごと分け、十分な餌を与え低密度で飼育した。これらの種苗を殻長で大中小に分けLap,Pgm-1遺伝子座の遺伝子と成長の関連を調べたところ表1のような結果になった。Lap遺伝子座のD遺伝子では雌がAのAD,AE,AFのロットで、Pgm-1遺伝子座のC遺伝子頻度では雄がFのAF,BF,CFのロットで小・中・大のサイズ順に頻度が高くなる傾向がみられ、さらに小と大のグループでは遺伝子頻度に有意差が認められた。しかし、Lap遺伝子座ではBE,BF,CFのロット、Pgm-1遺伝子座ではAD,AE,BEのロットで各遺伝子頻度と殻長サイズにはなんらの関連も認められなかった。このように親貝の組合せによって関連性がみられたりみられなかったりすることは、LapおよびPgm-1遺伝子座の遺伝子と成長に関与する遺伝子との連鎖があったりなかったりすることによると考えられる。このことは親貝のLapおよびPgm-1遺伝子座が存在する染色体に成長を促進する遺伝子が存在したりしなかったりすることを意味し、親貝がどの染色体を持っていたかによって、関連性がみられたりみられなかったりする。このような場合には親貝の選択が重要な育種手法となる。
 次に天然エゾアワビ(北海道奥尻、青森県尻屋、岩手県田老・広田、宮城県江ノ島)と天然クロアワビ(徳島県室戸、長崎県対馬)の地域集団間におけるLapおよびPgm-2遺伝子座の遺伝子を調べた結果を表2に示した。Lap遺伝子座のB遺伝子は北から南へかけて低くなる地理的勾配がみられ、逆にC対立遺伝子頻度は北から南へ高くなった。Pgm-2遺伝子座では、B,C,D対立遺伝子が高い頻度で観察され、B対立遺伝子頻度は北から奥尻で0.057、尻屋で0.092、田老で0.116、広田で0.093、江ノ島で0.098、室戸で0.211、対馬で0.180となった。すなわち、B対立遺伝子頻度は北から南へ高くなる地理的勾配がみられた。逆に、D対立遺伝子は北から南へ低くなる地理的勾配がみられた。C対立遺伝子では明らかな地理的勾配がみられなかった。生息地域の最低水温、最高水温及び平均水温とLapPgm-2遺伝子座の遺伝子頻度を比較したところ、これらの水温とLapPgm-2遺伝子座の遺伝子頻度との間には相関がみられた。特に最低水温との間に高い相関がみられ、図1に示したようにLap遺伝子座のB対立遺伝子頻度は最低水温が高くなるほど低くなり、逆にC対立遺伝子は高くなった。Pgm-2遺伝子座のB対立遺伝子は最低水温が高くなるほど高くなり、逆にD対立遺伝子は低くなった。このように生息地域の最低水温とLapPgm-2遺伝子座の遺伝子頻度に相関関係がみられたことから、これらの遺伝子と低水温耐性との関連性が予測される。この関連性はアイソザイム遺伝子の直接の働きによるか、あるいはアイソザイム遺伝子に非常に近接した低温耐性に関与する遺伝子の存在による可能性が考えられる。つまり、アイソザイム遺伝子そのものが量的形質に影響を与えている場合とアイソザイム遺伝子と量的形質を支配する遺伝子とが連鎖している場合があると考えられる。エゾアワビにおける量的形質とアイソザイム遺伝子の関連性を紹介したが、一口に関連性といってもその内容が異なることに注目し、アイソザイム遺伝子との関連を検討する必要があろう。

参考文献

  1. Singh,S.M. and Zouros,E (1972) Proc.Natl.Shellfish Assoc.,62,62-66.
  2. 藤尾芳久・杉田真一 (1982) 養殖マガキのカタラーゼ遺伝子と生残率および成長との関連.水産育種 7,34-38.
  3. HARA.M and KIKUCHI.S (1992) Increasing the Growth Rate of Abalone, Haliotis discus hannai, Using Selection Techniques. NOAA Technical Report NMFS 106,21-26
  4. 藤尾・尾庭・湯沢・高橋(1989) アワビ類の遺伝的変異と集団構造−アイソザイムによる魚介類の集団解析。459-475,日本資源保護協会、555pp.
  5. 原 素之・藤尾芳久 (1992) 天然アワビにおけるアイソザイム遺伝子の地理的分布.東北水研研報、54,115-124

(資源増殖部 魚介類増殖研究室)

(Motoyuki Hara)

目次へ