アワビ殻形の遺伝率の推定

原 素之


 品種改良を行うための有効な育種法の1つとして人為選択法があげられる。選択法で効果をあげるためには、改良しようとする形質の表現型変異のうち、どのくらいが遺伝的要因によるものなのかを明らかにしておく必要がある。この指標となるのが遺伝率と呼ばれるものである。遺伝率の推定には、親子間あるいは同胞間の相関から、また選択反応の割合から推定する方法などがある。遺伝率は測定対象集団の遺伝的組成や測定条件などでまた推定法などでも変化する事が知られているが、選択を行う1つの目安になり、選択育種を進める上で重要な指標となっている。今回はアワビの殻形(殻巾/殻長)について、2回の選択実験により遺伝率を推定したので紹介する。
 東北水研で2年間飼育した人工種苗47個体を元集団とした。これら個体の殻巾/殻長を測定し、この元集団から殻巾/殻長が小さい10個体を選び出した。これらの10個体を第1世代の親とし、無作為交配により種苗を作成した。この種苗を2年間飼育し、その中から40個体を無作為に抽出した集団が第1世代である。さらに、第1世代の中から10個体を選び同様の操作により、第2世代を作成した。
 図1は選択実験の過程を模式化したのものである。1回目の選択実験で第1世代を作出した。ここで、元集団の平均値(μ0)と選択した集団の平均値(μs1)の差が選択差(△μ1)、元集団の平均値(μ0)と第1世代の平均値(μ1)の差が遺伝獲得量(△G1)である。2回目の選択実験では第1世代の選択個体から第2世代を作出した。ここで、第1世代の平均値(μ1)と選択した他集団の平均値(μS2)の差が遺伝獲得量(△G2)である。遺伝率(h2)は次式h2=△G/△μ、即ち遺伝獲得量と選択差の比から推定できる。
 選択実験から推定した遺伝率を表1に示す。殻巾/殻長について推定された遺伝率は1回目の選択実験で0.538,2回目の選択実験で0.429であった。一般に遺伝率は0.2以上で選択効果があると言われている。つまり、アワビの殻巾/殻長は選択効果があることが示された。
 選択実験による遺伝率の算出では、数世代から数十世代の選択による累積選択差に対する選択反応の回帰を用いることで正確な値の推定が可能とされており、この方法で求められた遺伝率を実現遺伝率と呼んでいる。今回の遺伝率の推定値は2回の選択実験で求めた値であることから、引続き選択を続け実現遺伝率の推定が必要であろう。
 今回殻長に対する殻巾の比の遺伝率推定により、アワビの殻形の遺伝性が明らかにされ、実際に選択実験で殻形の細長いアワビができた事実と一致した。選択による遺伝率の推定は多くの時間を要するため、水産生物ではあまり多くの種や形質について検討されていないが、成長や身入り等の経済形質における遺伝率の推定は優良品種開発の基本的データでもあることから、今後品種改良の可能性の高いアワビではその必要が高まると考えられる。
(資源増殖部 魚介類増殖研究室)

Motoyuki Hara