耳石日輪解析システムについて

大関芳沖



 「水中を泳ぐ魚が何歳なのか知ることは出来ないだろうか?」。これは水産研究者にとって根本的なそして極めて重要な問題である。あいにく生きたままの魚は年を尋ねたところで答えてくれるはずもなく、死んだものを調べざるをえないのだが、魚について系統的な研究がなされるようになって来ると、魚の年齢は資源研究に不可欠な情報となり、いくつかの推定方法が検討されるようになった。このうち鱗を用いる方法はよく知られており実際に多くの成果をおさめてきているが、必ずしも全ての魚種に有効なわけではない。特に資源変動研究に重要な仔稚魚期の研究では鱗は用いることが出来ない。一方で魚類の耳に3対の耳石が存在し、これには成長に伴って形成される同心円状の輪紋構造がみられること、さらにこの構造は1日に1本の割合で形成される日輪であることが1970年代前半に明らかにされた。この構造には、樹木における年輪のように、仔稚幼魚がふ化してから何日経過しているか(日齢)、その間どのような成長過程をたどったか等の情報が刻まれている。これら耳石日輪から得られる情報は、魚類がふ化から稚幼魚に至るまでの成長速度や生残率を日単位の精度で解析することを可能にし、仔稚幼魚期の生態や資源変動の研究を実証的なものにする上で画期的なものと考えられている。
 しかしながらこの手法を実際の資源研究に用いる場合いくつかの問題が指摘されてきた。これは今までの方法では次の3つの問題点を解決するのが困難であったためであろう。その第1は標本数の問題である。水産資源を検討する場合はその研究対象は個体ではなく群であり、その成長や生残を論ずる場合には数十〜百数十個体についての解析が必要となってくる。さらに群同士の間で比較を行おうとする場合には数百個体以上の処理を行わなければならない。第2に実際の漁業になんらかの提言をするためには、何年も前の資源の状態を研究しても実効的な価値は薄く、資源管理を行うために必要かつ充分な情報を迅速に提供する必要があり、このためには短時間の内に多くの標本を処理・解析することが求められる。第3点として仔稚幼魚の耳石は直径十数〜数百μmであり、その中に見られる数本〜百数十本の輪紋を顕微鏡下で計測することには正確さの点から限界がある。これら3点すなわち1)多標本の処理、2)作業の迅速性、3)読み取り精度とデータの再現性を、ここ数年の間に急速に進展したコンピューターの力を借りてどう解決するかが、使いものになる耳石解析システムを作れるかどうか、ひいては耳石情報を有効に資源研究に使えるかどうかのポイントとなった。
 そのために次の2つの方法が考えられた。第1点は観察した耳石の顕微鏡画像を一旦光ディスクに蓄え、それを呼び出して解析する方法である。この方法を取ることによって作業の分業化を図るとともに多くの標本を一度に処理することができ、訓練を必要としなくても作業のスピードアップが可能になるだろうと考えられた。第2点は輪紋の読み取り精度の向上のための工夫、すなわち新しい視点からのソフトの作成であった。これまで考えられてきた画像処理による自動計測は生物を対象にした場合、現段階ではその有効性に限界があることはかねてから指摘されてきた。そこで人の眼の持つ能力をいかに有効に利用するかということが問題となった。その結果出てきたものの1つが複数の画像にまたがる連続計測手法の開発であり、もう1つはマウスによる計測点の手動入力とビデオプリンターを用いた画像出力による計測線の再確認であった。この方法は自動化の流れに逆行しているように見えるが、結果としてみると高倍率で観察した複数の画像を連続して計測することや、異なる視点位置の画像から輪紋位置を決定することが極めて迅速に行えるという結果をもたらした。これら2点を可能にするためのシステム構成は、市販の画像処理装置を中心とし、これに画像を記録するための光ディスク装置、画像を印刷するビデオプリンターを加えたものとなった。
 本システムは図1のようなハードウェアの組合せで構成されている。このうち、光ディスク装置及びビデオプリンタはオプションでありこれらを除く部分が日輪解析の基本部分である。本システムの操作は大略次のように行われる。
 まず作成された耳石の封入標本や研磨標本を顕微鏡で観察し、解析に適当な画像を決定し、この画像に標本番号や魚体長・観察倍率等の情報を入力した後に光ディスクに記憶させる。対象とする群について画像入力が終了したら、目的とする画像を呼び出しデータ(最終日時・位置・魚体の大きさ・計測者等)を入力する。引き続き計測命令を実行するとカーソルは耳石の画像が映し出されているモニター画面上に移り、計測線を入力するように指示が出る。そこで計測線の始点と途中点をマウスにより指示するとモニター上に計測線が引かれ、その後はモニター上で順次中心点と各輪紋位置をマウスにより指定する。画像が見にくい場合には、2倍あるいは4倍の拡大とスクロールを行うことが出来るので、これを用いることにより輪紋位置の指示はかなり容易になる。これら一連の操作が終了すると、自動的に各輪紋の中心からの距離・輪紋数等の情報が計測個体のデータとともにプリンターと固定ディスク上のファイルに出力される。輪紋の距離は初めに顕微鏡の各レンズ毎に画面上の長さを対物ミクロメーターを用いて校正しておくことにより、レンズ倍率を指示するだけで自動的に計算される。
 複数の画像にまたがる耳石標本の場合には、1画面の計測が終了した時点で連続する画像と重なる部分の特徴的な印(耳石上の傷や特によく見える輪紋)にマークをつける。次の画像を光ディスクから読み込むと、先に入力した計測線とマークはモニター上に残っているので、これを移動させ先につけたマークを新たに読み込んだ画像上の特徴的な印に重ね合わせる。その後は全く同様に輪紋の位置をマウスによって指示する。この操作を続けて行うことにより、輪紋数で1000本までは計測が可能となった。画像のハードコピーは処理のどの時点でも全く独立に出力可能であり、計測線を含めた画像を光ディスクにファイルすることも可能である。
 これを用いると、耳石の研磨を要しない小型稚魚の場合には標本作成に個体当たり平均10分、観測と計測には15分の時間がかかった。より大型の個体ではエポキシ系樹脂に包埋後研磨する必要があるためやや時間がかかるが、その場合でも標本作成には個体あたり30分、観察と計測には30分程度であった。標本の作成と画像の入力は若干の訓練で出来るようになるので、現在では臨時職員が専門に行い、研究者はその経過を把握する体制をとっている。計測には生物学的判断を要する部分があるので、新しいサンプルを処理する場合には10個体程度について一緒にモニター画面を見ながら計測を行い、その後は毎日計測線が入ったハードコピーを計測終了時に出してもらい、これを研究者が確認することを行っている。対象とする群れ全体について計測が終了したら、計測ファイルをハードディスクからフロッピーディスクに移動し、成長式の解析等を行っている。
 耳石日輪解析システムの基本的な部分については、当初の設定目標どおり一応の完成を見た。現在はイワシ、サンマ、カレイ類等の成長解析に活躍しており、いつも誰かが使っているという喜ばしい状態にある。しかしながら数千個体に及ぶ耳石標本を入力し解析を行った結果、さらに改良すべき点がいくつか浮かび上がってきている。第1は計測ラインの設定に関する部分である。現在の耳石解析ソフトでは、中心を通って日輪が最も明瞭な方向へ計測線を1本指定すると、必ずその上で計測点を入力するようになっている。そのため計測線上のある部分で日輪が読みにくい場合には、他の部分から類推して輪紋と思われる部分を入力する必要がある。そこで中心から耳石の後方へ向かう長軸上(通常耳石半径はこの線上で計測する)に主計測線を設定するとともに、輪紋が良好に観察される部分ごとに複数の副計測線を設定し、この副計測線上の計測値を主計線上に合成し、その結果を用いて日輪間隔を求めるように改良することを考えている。この方法をとれば部分的に破損している耳石に関しても常に特定の計測線上で輪紋の計測が行えるようになり、取り出した耳石標本のほとんど全てが判読可能となる。今後の研究の方向性を考えた場合、単なる日輪数の計測だけでなく、それまでの成長履歴を解析する必要性が増加することから、輪紋間隔情報の信頼性を増すことは極めて重要なことと考えられる。
 第2点として成長回帰曲線計算プログラムの開発があげられる。現在のシステムでは計測されたデータを他の統計処理システム上に移して成長曲線の算出等の解析を行っているが、この部分を耳石解析システムに組み込むことにより、得られたデータの解析が短時間で行えるようになる。このソフトウェアは次の様な構成になろう。すなわち各個体について得られた耳石の計測データを編集して回帰分析を行うための群れ全体のファイルを作成する部分、線形ならびに特定の非線形の回帰式による当てはめを行うとともに必要な統計量を出力する部分の2つである。この部分について使いやすいソフトが組み込まれれば、本システム内で全ての処理が可能となり、最終的なシステム構築という面からみても重要な意味を持つと考えられる。これら2点については既にプログラムの仕様作成に入っており、次年度にはバージョンアップされることが期待される。
 最後になるが、この解析システムは出来上がってみると当初予期した以上に利用され、求められた結果もサンマの漁海況予測や研究論文等に有効に利用されている。初めは考えもつかなかった操作上のトラブルから出てきたソフトのバグや操作手順の改良など、誰でもすぐに使えるようにするための改良は数限りなく行ってきたが、これらはいずれも臨時職員の方々の協力なしにはあり得なかった。この場を借りて感謝の意を表したい。
(資源管理部 浮魚資源第一研究室)

Yoshio Oozeki

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