東北水研におけるWOCEプロジェクトへの取り組みについて

松尾 豊



(1)WOCEとは?

  WOCE(World Ocean Circulation Experiment;世界海洋循環実験)は、1970年代後半から検討され、1990年代に実施が予定されている国際プロジェクトである。このプロジェクトの目的は、海洋が気候変動や異常気象に大きな役割を果たしていることが近年再認識されてきたため、最近の計測機械を用いて全海洋で精細なデータを採取することにより、海洋循環モデルを全球レベルで構築し、気候変動に与える海洋の役割を解明することにある。
 WOCEの観測計画で世界が最も力をいれているのはWHP(WOCE Hydrographic Programme)であり、このプログラムでは海面から海底まで(surface to bottom)、大洋の岸から岸まで(coast to coast)、精度よく物理、化学物質、栄養塩類などの諸量を計測することである。例えば、水温、塩分の精度は、2/1,000、深度の精度は約1/1,000が要請されている。西暦2000年には開発されるであろう超大型・超高速コンピュータにより、これらのデータを組み込んだ解像度の高い海洋大循環モデルを走らせ、将来の地球環境を予測することを指向している。
 我が国では,WOCEに参加・関連するプロジェクトが大学、関係各省庁で実施ないし予定されており、水産庁は郵政省、科学技術庁、気象庁、海上保安庁等と共に今年度から始まった科学技術庁のプロジェクト「海洋大循環の実態解明と総合観測システムに関する国際共同研究」に参加している。
 科学技術庁のプロジェクトの目的は、地球規模での環境変動に与えている海洋の役割、中でも熱輸送、炭素循環などに果たしている役割の実態解明を行うことにより、国際共同研究へ参画し貢献することにある。
このプロジェクトは、
 (1)海洋大循環の実態解明に関する観測解析研究
 (2)数値モデルによる海洋大循環の研究
 (3)海洋大循環の解明に必要な観測システムの開発の3大課題より構成されており、世界で取り組もうとしている2大プロジェクト、WOCEとJGOFS(Joint Global Ocean Flux Study)を結合したような構成になっている。
 水産庁としては、(1)の中の中課題「海洋生物学的観測研究」に東北水研、北水研、中央水研、水産大学校が、同じく中課題「海洋物理学的観測研究」に遠洋水研が、(3)の中の中課題「海洋大循環の解明に必要な観測システムの開発」に水工研、遠洋水研がそれぞれ参加している。ここで、他水研等の小課題を紹介しておくと、中央水研は「中規模海洋構造と海洋生物生産力に関する研究」、水産大学校は、「海洋生物による鉛直物質輸送に関する研究」、遠洋水研が、「海洋混合層及び混合層変動に関する観測研究」、水工研と遠洋水研が、「クロロフィル自動観測ブイシステムの開発」である。

(2)東北水研のWOCEへの取り組み

 東北水研海洋環境部では、北水研海洋環境部と共に、中課題「海洋生物学的観測研究」の中の小課題「亜寒帯循環系における海洋構造と生物生産力に関する研究」を担当し、さらに、細部課題として東北水研は「黒潮−親潮前線域における研究」を、北水研は「親潮域における研究」をそれぞれ分担する。研究期間は、T期が3年間、U期が3年間となっている。
 東北水研では、昭和62年〜平成元年度に行われた農林水産技術会議特別研究「親潮水域」の結果から、黒潮−親潮前線域の海洋構造とその変動を定量的に捉えることが重要であるとの認識が生まれた。このことを踏まえ、この細部課程では、黒潮−親潮を横断する面での表層から深層にいたる海洋構造とその変動を定量的に捉えること、同時に同じ海域での低次生産構造とその変動を定量的に把握すること、並びに両者の関連を解明することを主な目的としている。黒潮−親潮前線域は北側の親潮前線、南側の黒潮前線に挟まれており、両水塊が複雑に入り交じることから、通称混合水域あるいは混乱水域と呼ばれ、西部北太平洋独特の複雑な構造を示している。このため、東北沖合の黒潮−親潮前線域の流動場の定量的な計測はきわめて少ない。また、生物生産力の高い海域として知られているこの海域の低次生産構造とその変動を定量的に解明した研究や海洋構造との関連について明らかにした研究はほとんど無い。本研究所では、ある海域で生産・消費される量、別の海域から入り、別の海域へ出ていく量を、移流、拡散、消費モデルに適用して、定量的に生物生産力を評価しようとするものである。このように、本プロジェクトは国際共同研究としての面があると共に、これまで未解明であった部分を明らかにしようというものであり、研究面からも新規性に富んでいる。 
最後に研究の進め方について簡単に述べる。(参照)
 なお、観測定点、調査海域・時期等他水研との共同観測も計画しているが、観測の設計等は現在協議中である。また、生物、化学関係では観測、分析方法を統一する方向で協議している。
 海洋構造とその変動の解析には、定点での長期連続観測と調査船による広域的観測の結果を用いる。定点では、黒潮から親潮を横断する測線上の定点に流速計を係留し、水温、塩分、流速を長期間連続観測する。また、調査船による広域観測は、CTD、ADCP(超音波流速計)等によって行う。そして、両者の結果をあわせて解析することにより、直接測流結果をトルースデータとして、密度場から求められる流れを評価し、混合域の平均流の実態を把握するなど、海洋構造と流れの場を定量的に捉えると共にその変動を明らかにする。
 低次生産構造と変動の解析には、海洋構造の調査と同じ海域・定点で、生物・化学量を定量的に測定した結果を用いる。ここでは、栄養塩濃度、大きさ別の植物プランクトン現存量、基礎生産速度、沈降粒子量の測定、新生産・再生産の見積等の諸量を求め、栄養塩がどれだけ基礎生産へ用いられるか、基礎生産の内どれだけ沈降粒子の形で表層から深層へ運ばれるか、また、基礎生産に用いられた栄養塩の内どれだけが生物の排出物かを明らかにする。そして、栄養塩がどこから運ばれてきてどの様に消費され高次生産者に利用されるか、あるいは沈降粒子の形でどれだけ表層から深層へ輸送されるか、を定量的に解明する。そして、これらの解析結果と海洋構造の解析結果より海洋構造と低次生産構造との関連を定量的に把握することが可能になり、黒潮−親潮前線域の高い生物生産力を支えている物質の流れが物質循環と海洋構造の両面から明らかにされることが期待される。
(海洋環境部生物環境研究室)

yuka@myg.affrc.go.jp(Yutaka Matuo)

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