海洋環境部の現状と今後の展望研究の背景と研究問題を中心にして

鈴木智之


目 次

1 はじめに

2 研究背景と研究問題

東北海域の水塊構造と変動機構の解明
東北海域における生物生産機構の解明
東北海域における海洋環境特性の総合評価技術の確立
地球的視野に立った農林水産業の発展及び環境問題解決への貢献

3 おわりに

 

はじめに
 今、農林水産研究基本目標の見直し作業が進んでいます。昭和58年の基本目標制定以降の情勢変化に対応して課題の重点化を図ろうとしているのが「ねらい」であります。21世紀の研究需要を今から正確に言い当てることは大変難しいといわれています。研究者が時の流れに応じた軌道修正を成し遂げ、新しい需要に的確に対応した見直しを行うことが期待されています。東北水研創立40周年を迎え、ここに東北水研における海洋環境研究のベースを再確認し、研究課題設定の基盤となる研究の背景と研究問題を中心に現状と今後の展望を試みることにします。
 はじめに、部・室の構成と現員を紹介します。昭和62年に水産研究所の研究推進体制について見直し整備の検討が進められた結果、昭和63年4月に農林水産省組織規程の一部が改正され、海洋部は海洋環境部となり、海洋動態研究室と生物環境研究室の2研究室によって構成されることになりました。組織規程には「海洋動態研究室においては沿岸漁場及び沖合漁場における海洋の動態に関する調査及び試験研究を行う」、「生物環境研究室においては沿岸漁場及び沖合漁場における生物的環境に関する調査及び試験研究を行う」とあります。2研究室の現員6名、動態研:奥田邦明(室長)、村上眞裕美(主任研究官)、安田一郎(研究員)、生環研:松尾豊(室長)、平井光行(研究員)、横内克巳(研究員)の平均年齢は35.6才になります。

研究の背景と研究問題
 本州東北部の太平洋側海域(津軽海峡・陸奥湾を含む)である東北海域は暖流系の黒潮続流、津軽暖流及び寒流系の親潮が複雑に入り組む特殊な海域で、舌状、渦状の暖・冷水が顕著な潮境を形成しています。また基礎生産力が大きく、暖・冷両水系の多くの水産生物の成育場となっており、有用魚介類が豊かに分布しています。一方、三陸のリアス式海岸に代表される特殊な地形を有する沿岸の内湾水域は、古くから養殖業に活用されています。東北海区の海面漁業・養殖業は遠洋沖合漁業による他海区での生産も含めたものとはいえ、全国生産量の4分の1に近い348万トン(漁業324万トン、養殖業24万トン)、全国生産額の16%にあたる3,791億円(漁業3,357億円、養殖業434億円)を揚げ[昭和62年]、水産食料、水産飼料、水産加工原料の大供給地としての地位を保持しており、陸上水産加工品でも全国生産量の4分の1を占め[昭和62年]、地域経済・住民生活のみでなく全国生産の安定にも貢献しています。しかし、東北海域の海況は季節的・経年的変動が大きく、回遊性魚類の漁況はもとより、沿岸域の魚介藻類の発生・成育も大きく変動します。そのため漁業、養殖業、水産加工業、水産物流通業等の経営の計画化と安定化、操業の効率化を図る上で、海況と漁況及び資源動向の予測に深い関心がもたれ、予測精度の向上が関係漁業者等から強く要求されています。漁海況予報事業では海洋環境部の業務として年6回、主要5魚種を対象とする長期漁海況予報会議において海況の予測を担当しています。
 それでは、東北海域の海洋環境の特徴を踏まえた地域からの要請、その他の研究需要に対応する当部の「今後およそ5〜10年間に想定される研究問題」は大要次の通りです。

1.東北海域の水塊構造と変動機構の解明
(1)沿岸域における海洋動態の把握
 沿岸域の海洋環境は、津軽暖流、親潮貫入、近海を北上する黒潮系暖水に直接的・間接的に支配されています。これら沿岸域の海洋構造とその変動を支配する個々の現象の動態を力学的に明らかにすると共に、各現象間の相互作用の過程を調べ、沿岸域の海洋環境の変動を総合的に予測するための基礎的知見が必要であります。

(2)沖合域における海洋動態の把握
 沖合域の海洋環境は、黒潮続流とそれから派生する暖水及び亜寒帯前線の変動に伴って南下する冷水の挙動に支配されています。これら沖合の動態を広域・長期的視点から把握し、海洋の中・長期的変動の予測のための基礎的知見を見出すと共に、海洋の短期変動を支配する中規模スケールの暖・冷水渦の動態を明らかにする必要があります。

2.東北海域における生物生産機構の解明

(1)低次生物生産機構の解明
 高次生物生産の基礎となる餌料生物の生態及び生産量を解明し、黒潮域、親潮域、混合水域、沿岸・内湾域等における低次生物生産過程並びに海域の環境収容力を明らかにし、重要生物の行動、漁場形成、資源変動機構の解明及び漁況予測、資源管理の向上に寄与します。

(2)生物群集の動態と環境変動の関係解明
 低次から高次に至る生物群集の生態及び生物生産の動態と、海洋環境変動との関わり合いを解明します。

3.東北海域における海洋環境特性の総合評価技術の確立
 内湾から沖合域に至る東北海域の漁業生産は、水塊配置が複雑で変動の大きい海況の影響を、漁場・漁期・漁獲量の変動など様々な面で受けています。物理環境と生物環境を合わせ、当海域の漁業生産に関連する海洋環境特性を、的確かつ総合的に評価することは漁況・海況の短・中・長期予測及び資源変動の予測にとって極めて重要であります。

(1)海況予測手法の開発
従来の海況予測は調査船による観測から得られた海況図の統計的解析を主な根拠として行われてきました。今後は人工衛星のリモートセンシング情報、数値シュミレーション等に基づく解析を進め、海況変動の諸現象の物理的法則性を明らかにすると共に、その知見を海況の短・中・長期予測に利用できるよう整備します。また予測に必要な諸条件を摘出し、その問題点を研究課題として解決するよう指示し、合わせて海況変動の予測手法の改善と開発を行います。

(2)環境モニタリング手法の開発
 水産生物の環境を的確に把握するためには、広域・同時的情報を時空間的に連続して収集する必要があります。このような観点から、リモートセンシング・音響探査等の既存技術の応用または新技術によって、水温・塩分・流動等の物理量、プランクトン・卵・稚仔等の生物量を観測あるいは採集する手法を改良していくことも重要になります。

4.地球的視野に立った農林水産業の発展及び環境問題解決への貢献
 世界食料需給には中・長期的に見ても、急激な人口増加、異常気象の多発、開発可能地の減少等の多くの不安定要因があります。また、産業活動の規模の拡大等は、近年、地球の温暖化をはじめ、熱帯林の減少、砂漠化、酸性雨、オゾン層の破壊、野生生物の種の減少、海洋汚染等地球的規模の環境問題を引き起こしています。このまま推移すれば、将来の人類の生存に直接・間接に大きな影響を与えるものと懸念されています。このようなことから、農林水産研究においては生物とこれを取り巻く環境から構成される生態系のもつ物質循環機能を高度に発揮させると共に、その再生産機能を保全し、地球的視野に立った食料、その他の生産の持続的な発展を図る視点からの研究開発を推進していくことが従来にも増して重要になってきています。

(1)生態系と調和した農林水産業の発展
 長期的視点に立って農林水産業の発展を図るためには、農山漁村はもとより、森林、海洋等における生態系の構造・機能の解明を行うと共に、資源の適切な利用・管理を図り、併せて環境の保全に資していくことが重要であります。

(2)地球的規模の環境問題の解決への貢献
 地球的規模の環境問題には各種の産業活動、日常生活等多くの要因が複雑に関与しています。従って、この問題の研究への取り組みに当たっては地球科学、生物科学、社会科学等多くの研究分野の連携が必要であり、また、個々の国だけでは対処できないものであることから、国際的な研究協力が不可欠であります。

おわりに
 平成元年度には前述の研究問題の中から設定された10の研究小課題が実施されており、その中の特別研究の2小課題が終了する予定です。平成2年度には地球環境問題を背景にした科学技術振興調整費・総合研究、「海洋大循環の実態解明と総合観測システムに関する国際共同研究」が開始され、当部も研究担当機関の中に入っています。現在、実行計画段階での担当課題の編成作業が進められています。
 新しい研究需要に対応して重点化され、優先された適切な研究課題があっても、それを遂行するためには活性化された柔軟な組織体制が現実に確保されていなければなりません。最後になりましたが、水産庁水産研究所では調査研究に不可欠なはずの乗船調査旅費、そして研究者の育成と活性化のために必要な学会の研究発表へ行く旅費が完全に不足しています。それに加えて東北水研では沖合調査が可能な中・大型調査船の配備がないため、研究推進に支障をきたしています。「限られた人員と経費でいかに重点的かつ効果的に試験研究を推進していくのか」、これは、試験研究の効率的運営管理の面から、いつの時代においても求められる課題であります。今後は、水研間・各専門分野間の連携・協力並びに総合調整を図ると同時に、「研究者の分野別配置」、「研究支援態勢」、「経常・プロジェクト・行政対応で構成される研究費の配分」、「民間・大学及び他の試験研究機関等との試験研究の分担・協力態勢」、「国際研究協力」等について、問題点の解決と改善の方向に向かって着実な進展がみられるような努力が必要であると考えます。

(海洋環境部長)

Tomoyuki Suziki

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