我々の進むべき道を求めて

資源増殖部一同


目 次
1 はじめに
2 資源増殖部の歴史
3 東北海域における増養殖技術の問題点
4 今後の研究の展開方向

1.はじめに
 わが国の経済発展に基づく生活水準の向上は、生活資料の質を問い直したり、自らの生活のあり方そのものを問い直したりするかたちのゆとりを生み出しつつある。このような社会的意識の推移の中にあって、水産業に対する社会的期待も、現在一つの転機にあると思われる。これまで水産業に求められていた社会的役割は、どちらかといえば水産物の質より量の確保に向けられていたようであるが、最近では量の確保はもとより、加えて多様かつ高品質な食品の供給が望まれるようになってきている。しかも、その期待は、海洋・湖沼・河川の環境保全やレクリエーションの場の整備・開発、海洋文化の発展的継承など、食糧生産のみにとどまらない関連分野への拡がりをも見せているのである。
 こうした中で、水産研究は自らにそれら社会的期待をどのようなかたちで反映させてゆくべきなのであろうか。そして我々東北水研資源増殖部としては今後どの様な研究をどの様に進めてゆくべきであろうか。
 近年我が部は部員の出入りがかなり激しく、一つの世代交代の時期にあるといえる。実際、現在いる9人の部員の内5年以上在任している者は4人にすぎず、昔の増殖部を知る人が少なくなり、新しい考えを持った人間も多くなってきた。そこで、この40周年記念号に部から一文を提出するにあたり、昔を今一度振り返ると共に、現在の増養殖研究を取り巻く情勢や水産研究所のおかれている立場を考え、それを踏まえて今後の研究の展開方向を模索するために2度ほど座談会を持った。本文はその座談会での討論に加え、日頃様々な場での繰り返し論議されてきたことをまとめたものである。

2.資源増殖部の歴史
 昭和24年に東北区水産研究所が設立され、その一部門として資源増殖部の前身である増殖部が発足した。発足当初は5人であった部員も、その後数年の間に2人が加わり人数的には現在とそれほど変わらない規模となったが、実験器具等の施設は現在とは比較にならないほどお粗末なものであったという。それでも当時の7人の部員はノリやカキの生理生態研究を中心に精力的に仕事を行い、それらの養殖技術の確立に中心的役割を果たした。昭和30年代から40年代にかけてはワカメの生理研究やノリの病害研究も活発に行われ、それらの養殖技術の進歩に大きく貢献した。その後も、ホタテガイの大量幣死問題の解決、シロザケの海中飼育放流技術の開発、エゾアワビの種苗生産技術および放流技術の開発、海中造林技術の開発など東北海域の増養殖業の発展に寄与するために数々の課題を解決してきた。
 発足から現在までの40年間には、部員の入れ替わりもあり予算の増減もあったが、我が部は一貫して漁民のためになる技術の開発に情熱を傾けてきた。もちろん技術に直結する研究だけでなく、長い年月と労力を要する基礎研究の蓄積があってこそ華々しい技術開発や問題解決があってこそ華々しい技術開発や問題解決があり得たのである。視野の広い、勘のいい先輩達の築いたすばらしい成果によって、現在東北は増養殖技術開発の先進地域であると我々は自負している。

3.東北海域における増養殖技術の問題点
 第二次産業や第三次産業の低迷が続く東北地方の地域社会の中では、農業とともに水産業の果たす役割が大きい。なかでも提唱されて久しい「つくり育てる漁業」は、北洋漁業からの撤退や生活水準の向上に伴う水産物需要の高度化・多様化に対応する東北海域の水産業の切札として従来にも増して大きな期待がかけられている。
 このような社会的要請に対して当海域の増養殖技術の現状はどうなっているのであろうか。まず問題点として挙げられるのは、技術が確立され生産対象になっている種がシロザケ、ギンザケ、ホタテガイ、カキ、ノリ、ワカメ等比較的少数に限られ、集中的な生産によって価格の低迷傾向が顕著になってきたことである。このため、新たな中高級魚介藻類の増養殖技術を開発し、生産品目を多様化する必要に迫られている。また、増養殖業の基盤となるアワビ、ヒラメ等の種苗生産技術に関しては、安定した生産やコストの低減を図るための技術の高度化が新たな焦点となっている。
 アワビやヒラメ等の増殖技術については、放流地先での放流個体の混獲率は高まっているものの、放流が漁獲量の増加に必ずしも結びついているとは言えず、天然資源の動態を踏まえた放流技術の開発が必要と考えられる。アラメやコンブの海中林の造成やその維持管理技術についても基本的な手法が開発されているが、産業的規模の海域を対象とする場合には自然のしくみを利用した一層の省力化が必要であろう。さらに、現在野生種を対象に生産が行われている養殖業では、アワビのように全生活史を人為的に管理することの可能な種が増えるにつれ、生産性の高い優良品種の作出に大きな期待が持たれている。
 一方、近年わが国の水産物輸入額は国内生産額の2分の1近くにも達し、東北海域においてもサケ・マス類をはじめとして外圧による生産物の価格の低迷が続いている。また、円高によりホタテガイの輸出が不振に陥るなど東北海域の増養殖技術の生産性が国際的にも問われるようになってきている。このため同じ一次産業と言ってもエネルギーを多用し、集約化を進めている現在の農業の視点とは異なった以下に述べる方向からの増養殖技術の開発が必要と考えられる。

4.今後の研究の展開方向
 我々の開発しようとする増養殖技術は、寒冷で変動の大きい東北の海とそこに棲む相対的に多用性に乏しい生物を対象とする極めて地域性の強いものであり、東北の海における生物の営みの理解が前提となる。同時に、生産性の高い増養殖技術は海や生物の多面的な働きを総合的に活用すべきものであり、生産の場である海を健全な状態で保全しつつ永続的に安定した生産を行うシステムであるべきであろう。
 我々には、生産現場からの要請に応えるべく海や生物を厳しく見つめている公立研究機関や高い自由度のもとで専門分野の深化に努めている大学の研究者等のオルガナイザーとして、増養殖業の将来展望を踏まえた普遍性のある先導的、基盤的研究を展開することが求められている。従って我々に必要なことは、先輩達の立派な成果を土台に、より高度な技術の開発を目指して新たな視点から今一度徹底した分析と総合化による海の生物生産の仕組みに立ち返った基礎研究に取り組むことであると考えている。また、こうした基礎研究は、食糧生産以外にも水産業に求められている環境保全や海洋文化の継承等関連分野の発展を図るためにも不可欠なものであろう。
 養殖技術については有用種の生理機能の解明が前提となる。育種技術に関しては、アワビ、サケ・マス類、ノリ、ワカメ等を中心に有用種の遺伝特性の解明に努めるとともに、種苗生産過程等で手がかりの得られつつある優良な育種素材の探索・保存や交雑等による遺伝変異の誘発、さらには優良品種の選択や固定のための技術を開発する必要があろう。アワビやヒラメの種苗生産技術の高度化のためには、生産システムのマニュアル化や生産施設の改善とともにホルモン等による成熟制御の仕組みの解明や天然の海での好適な初期餌料の探索が重要である。
 一方、増殖技術についてはそのスケールアップと対象種の多様化を図るため、我々の最も得意とする岩礁域の海藻群落や植食動物に焦点を当てた生物群集に関する研究を中心に据えつつ、研究対象を発育初期を中心とするところから全生活史へ、特定種を中心とするところから生物群集全体へ、研究対象域を岩礁域からデトライタス植物連鎖で連なる浅海内湾域へと拡大する必要がある。東北のリアス式内湾や砂浜域の環境を相対的な位置を含めて構造的に把握するとともに、有用種の生活史・個体群動態、有用種を取り巻く生物群集の柔構造と機能等を行動、社会構造、適応戦略等の視点も含めて解明することが重要である。これらの基盤研究をもとに、経済性を考慮した健全な適正サイズの種苗の大量放流技術など東北の海と生物が持つ巨大な生産力や復元力、浄化能力を自然な流れとして効率よく引き出す技術を発想し、アワビ、ヒラメ等の有用種はもとよりホッキガイ、ホシガレイ等の有望な増殖対象種の生産増大に結び付けることが必要である。
 地域性、総合性を強く必要とする増養殖技術の開発にあたり、東北海域における研究のオルガナイザーとして世界に通用するレベルでの先導的、基盤的研究を行うためには、魚類、介類、藻類の3研究室体制を確立して多様な専門家の確保と後継者の育成に努めるとともに、老朽化の進んだ飼育実験施設の抜本的改善と野外実験的手法が自由に駆使できる実験漁場の確保が今後の大きな課題である。また、研究遂行のソフト面では、部内の研究室間はもとより所内の資源管理部や海洋環境部との連携や養殖研究所や水産工学研究所との実のある協力関係を確立することが必要である。さらに、極めて応用的色彩の濃い増養殖技術の開発を最終日標とするからには、より水準の高い技術の開発を目指した10年程度を単位とする総合的な基礎研究が3年程度を単位とする技術開発研究や事業と平行して進められることが効果的である。時の流れに沿った予算や人事の動きを乗り越えて長期的展望に立った研究をやりぬくためには、独創性豊かな個々人の研究の深化が部としての仕事の発展につながるように部内での長期的研究計画と短期的計画の効率的組合せを考える必要がある。しなやかな遊び心を失わず、身体を鍛え、激論を交わしつつ東北の海での夢のある研究に取り組んで行きたい。


kiren@myg.affrc.go.jp

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