手塚繁夫



 東北水研八戸支所調査船わかたか丸を最後に、平成元年3月31日付で退職いたしました。顧みれば昭和22年12月、当時の農林省水産試験場第一旭丸乗船員として採用され、以後遠洋水研俊鷹丸、東北水研八戸支所わかたか丸(初代)と現在のわかたか丸と丸41年間の長い間、大過なく調査船生活を送る事ができましたのは、多くの方々の公私に亘るご指導ご厚情の賜物と感謝しております。厚く御礼申し上げます。
 私が第一旭丸に乗船したのは、昭和23年の春、千葉県勝浦の造船所で第一旭丸が建造され、東京月島に回航する時でした。当時私は船の事は何もわからず、先輩の指導を受けながら無我夢中で勤務して居りました。
 昭和25年7月東京から東北水研八戸支所に第一旭丸とともに配属になり、東北・北海道沿岸の調査航海に当たってきました。
 その後昭和33年8月南海区水研俊鷹丸(高知県)に転船、小笠原諸島・赤道付近のマグロの標識放流や、放射能調査、中層曳き調査航海などに約1年半過ごして来ました。昭和35年4月、第一旭丸の代船わかたか丸(初代)が建造され、操機長として乗船する事になり再び東北水研八戸支所に戻ってきました。
 昭和45年4月現在のわかたか丸が建造され、東北・北海道沿岸の調査航海に約41年間の永い間調査船勤務が出来ましたのも、多くの先輩、同僚の方々のご指導ご厚情の賜物と深く感謝して居ります。長い間本当に有難う御座居ました。
前わかたか丸操機長

Shigeo Tezuka

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