海底に堆積したゴミ

稲田 伊史



 底魚類の資源調査のため,調査船や漁船で漁獲試験を行った際,しばしば海底に堆積したゴミの量に驚かされる。ある時はひきあげられるトロール綱の袖先に小さくキラキラ光るものがあり,小魚がたくさんひっかかているのかと思った所,ポリ袋の切れっ端であったとか,コッドエンド(袋網)が異様に変形して膨らんでおり,一体何かと思いきや,捨てられた洗濯機であったとか。また,時には悪臭をはなつゴミの中から魚を拾い集めるといった場合もある。
 海洋の汚染問題としては水俣病で代表される重金属等による汚染や,赤潮,油濁による漁場被害の問題があるが,これらは排出規制等の強化により一段落しつつある。また,チェルノブイリの原子力発電所の事故で東北沖のタラ類からもセシウム137が検出されたことは記憶に新しい所である。ところで,近年科学技術の発達に伴い,新しい化学物質やプラスチック類等の使用が増加し,これらの流出,廃棄等による新たな海洋汚染が問題となりつつある。
 特に沿岸域では近年,漁網,釣り糸,その他の日常生活に伴い排出されるプラスチック類(石油化学合成物質)の海洋廃棄物が海洋生物等に被害を与えていることが知られている。プラスチック類はわが国だけで1,000万トン,世界で1億トンが毎年,生産されているが,仮にその1パーセントが海洋に排出されたとしても,年間100万トンという莫大な量のプラスチック類が世界中の海洋へ流れ込んでいることになる。こうしたことから,国際的にもIMO(国際海事機関)等で問題提起がなされ,プラスチック廃棄物の船舶からの投棄禁止の内容を含むマルポール条約附属書Vが1988年12月31日に発効するなど,この問題に関する地球的規模での取り組みが始まろうとしている。
 ところで,この問題についての具体的取り組みを考える場合,あらゆる対策の基本として,まず海洋に存在する廃棄物の現状とその集積機構を知ることが重要である。海浜に打ち上げられたゴミや海表面を漂うゴミについては一般に注目されやすいし,また海産哺乳類等のゴーストフイシングに対する国際的な関心の高まりの中で調査が始められ,水産庁では昭和62年度から北太平洋における漂流物の分布状況を船舶からの目視調査で実施し,その集積機構については一応の成果があがっている。他方,海底に沈み堆積したゴミについては,直接目に触れない所からあまり注目されていない。海表面に漂流しているプラスチック等のゴミもいずれは水分を含むか,付着生物の重みで海底へ沈下するものと思われる。そして,海底はゴミの溜まり場となり,海底で生活する種々の海洋生物の棲息環境に影響を与え続けるものと考えられる。
 本報告は金華山沖の大陸棚上の海底をモデルとして,海底に堆積した漁網片,ロープ等の漁具,生活廃棄物の空き缶やプラスチック等のゴミについて,底魚類の資源現存量調査の際に採取されたゴミ類を計量することによって面積一密度法を用いて海底に堆積したゴミの量を推定した結果である。
 調査は昭和63年7月4日から7月8日までの5日間,小型底びき網漁船「第11観音丸」(14.9トン)を用船して実施した。調査海域は東北海域の宮城県沖の水深140〜300mの水域で,調査水域を緯経度1分]3分の計63区画に区分し,その中から無作為に計20区画を抽出して,各々の区画内で1回ずつ曳網した()。曳網時間は1時間とし,得られたゴミ類を種類別に湿重量を計量した。なお,ポリ袋類については重量の代わりに面積を計測した。
 採取したゴミの中では「漁網片」が重量値では最も大きく,次いで,その他の漁具(ワープ片,タイヤ等)が大きかった。生活廃棄物(空き缶,ゴム製品等)は重量値では小さかったが,出現回数(採取個数)は廃棄漁具のそれの約半数であった。ポリ袋類は重量値では問題にならないが,出現回数は多かった。写真にこれらの代表的なものを示した。漁網片は計12個採集され,モノフィラメントの刺網,しらす曳網の一部であった。アナゴ胴(いわゆるハモ胴)は20個採取された。韓国船がおそらくホラアナゴ等を対象に投入したものであろう。また,ゴム手袋,長靴等が9個採取された。ポリ袋類は米袋やスーパーの袋など比較的小さいものが多かった。ゴミ類の重量は,漁網片等の漁具の総重量が268.0キログラムであり,空き缶等の生活廃棄物の総重量は17.2キログラムであった。ポリ袋類は計28個採取され,それを広げた時の面積の総計は1.68uであった。面積一密度法により,これらの値を引き伸ばすため,オッタートロールの袖先間隔の平均値14.0m,平均曳網速度3.06ノットを用いて,1網当たりの掃海面積0.023mile2を計算した。調査水域の面積は297.23mile2であるので,調査水域におけるゴミ類の推定堆積量は184トン(変動係数SD/Mは2.24),ポリ袋類を広げた時の総面積は1085u(仮に新聞紙換算にすると,見開きで計2500枚)と推定された。
 発泡スチロール類は浮力が大きく沈みにくいためか,今回の調査では採取されなかったが,ポリ袋類は多く採取された。これらが海底をおおう場合,無脊椎動物の棲息に重大な影響をあたえるものと考えられる。また,漁網片等の漁具が非常に多く採取されたが,これらの網に実際,魚が羅網して死亡しているかどうかは不明である(仮にこうしたことがあったとしても,死亡した魚は大部分,バクテリヤや端脚類によってすぐに分解される)。これらのことから,ポリ袋と漁網か海底のゴミとして,今後重要な問題となりうることが予測される。
 ところで,調査水域の海底のゴミは予想に反して,生活廃棄物よりも漁具の方が多かった。このことは,漁業者みずからが海にいかに影響をあたえているかということを示している。漁具は意識的に捨てられる場合もあるが,大部分「根がかり」等によって放棄せざるを得なかったものであろう。根がかりした漁網片がはずれて海底を漂っていたものが今回,採取されたと考えられる。他方,海底から採取されたポリ袋がどこに由来しているのか,その起源を確定するためにはさらに詳しい調査が必要である。とはいっても,船上から投棄されるものがかなりの部分を占めている可能性は否定できないであろう。しかも船が調査水域を航行する時間を考えると,フェリーや貨物船等より漁船による影響が大きいものと推定される。
 しかも,これらの漁具,生活廃棄物は大部分,ポリエチレンやポリスチレン及びナイロンといった石油化学合成物質であるため,海底で腐ることはなく,人為的に除去しないと半永久的に存在しつづけるであろう。日本人は古来,トラブルがあると「水に流す」という言葉を好んで用いてきた。しかし近年,人間の生活活動の結果が環境へ与える影響の重大さを認識され始め,地球という生態系の中で生きていかざるを得ない時代の到来とともに,河川や海をゴミ捨て場にすることはもはや許されなくなっている。漁場環境の保全は魚類の棲息環境の保護であるという視点に止まらず,地球生態系の中の人類の生存権にとっても重大な問題である。
 今回の調査結果では,漁具などは比較的集中的に採取されていることから,ゴミ類は海底に均一には分布せず,海底付近の潮流などでゆっくりと運ばれ,溜まり場に集中して堆積することが考えられる。このため,海底に堆積したゴミ類を調査するには底層流等の環境の調査も併せて行う必要があろう。
 最後に筆者が漁船に乗ってしばしば感じることは漁業者の方々も海底のこうしたゴミについては大いに迷惑しているということである。しかし,底びき網等にかかってきたゴミを陸上へ持ち帰っても処分するシステムがないとか,手間がかかって面倒であるといったことのため,せっかくひき揚げられたゴミも再度,海中へ投棄されてしまう。しかし,茨城県の久慈町漁協や波崎漁協等の例にみられるような漁業者が中心となったゴミの回収・処分システムが日本の沿岸域でできあがれば,海のゴミの問題もかなりの部分,解決してゆくのではないだろうか。もっとも,「海にゴミを捨てない」ということが海をきれいな状態に保つための基本的命題であることを忘れてはならない。
 なお,本文の御校閲を項いた水産庁漁場保全課の竹濱秀一班長および漁具の同定をしていただいた岩手県水産試験場の長洞幸夫主任専門研究員に謝意を表する。
(八戸支所 底魚資源研究室長)

Tadashi Inada

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