推移帯における底生魚類群の生成機構

稲田伊史



1.研究目的
 底魚類は比較的安定した物理的環境と複雑な種間関係のもとで一般に個体数変動の幅が小さいとされているが、冷水性底魚類の多くの個体群の組成は暖水性のそれにくらべて単純であるため、特に分布の縁辺域で、生息域の拡大、縮小を繰り返し、個体数の著しい増大や、地方的な小さな個体群を形成することが漁業からの情報によって知られている。これは、種が好適条件下ではその分布域を拡大するという進化的適応戦略という側面でもある。
 本研究では冷水性魚類の生息域の拡大、個体数の増大現象とその変動様式を定量的に把握し、これらを群集構造と環境変動との関連で分析することにより、水産上、重要な底魚類の種個体群の自然要因による生成、発展の機構を明らかにし、ひいては自然に対する人為的関与のレベルを明らかにしようとするものである。

2.研究の概要
 ここでは冷水性底魚類の分布の縁辺域(推移帯)における種個体群の変動様式を群集構造の中で位置づけ、生物的および物理的環境要因の変化と、その種個体群が持つ変動様式を分析する。すなわち、冷水性と暖水性底魚群集の推移帯にモデルとするフィールドを設け、場における底魚類の種個体群の分布様式および生物学的特性を季節ごと、経年的に分析することによって、主要底魚類について、個体数変動の内的要因(摂餌生態、産卵生態等)および外的要因(種間関係、環境適応等)の鍵因子を解明する。

3.研究の方法・手法
1) 寒・暖両系水が輻輳する場にモデルとするフィールドを設け、場における底魚群集の組成変動の定量的把握を行う〔漁獲統計資料の分析、調査船による分布組成・密度の解析〕
2) 生物学的特性値および環境要因の把握を行う〔漁獲物の体長・精密測定の分析、桁網・ドレッジ等による底生生物の採集、MSTD・X−BT等による底水温の観測〕。
3) 1)、2)の結果に基づき底魚群集の組成と環境の変動の相関関係を明らかにすることによって底魚群集における生成過程にある種個体群の分布・変動機構の解明を行う。

4.研究の新規性
 従来の底魚類の資源研究は種個体群について個別になされてきているが、群集を構成する種個体群としての視点から行われた研究はほとんどみられない。これは海洋という解放生態系の中での研究の困難性とともに成果達成のためにはかなりの長期間を必要とするためである。
 本研究では従来得られている知見の上に、場を共有する種個体群の実態を一定の時間的継続性のもとで把握し、生態系の中における種の相互関係と環境との関わりを明らかにする。これらの成果に基づき生態系の中の複数の種個体群について漁業による合理的な利用方法を明らかにする。

5.期待される成果
1) モデルとした場における底魚類の資源現存量と生物学的特性値を即時的に把握する方法を開発することができ、資源の現状のより正確な評価を行うことにより、資源管理型漁業の推進に資することができる。
2) 場における種個体群の変動様式の把握の過程において、加入直前の資源の実態をより正確に把握することができ、資源に対する漁業による合理的な利用水準を明らかにすることができる。
3) 推移帯における底魚種個体群の生成および変動の鍵因子となる自然要因を明らかにすることにより、自然の中からの間引き率、人為的関与の役割が明らかとなる。もって、資源変動の予測技術の向上が可能となる。

6.研究フローチャート(図)

7.平成元年度の研究計画
1)底魚類の群集組成の定量的把握
(1) 推移帯(金華山沖を想定しているが)を確定するため、漁獲統計資料からの情報に基づいて底魚類の群集組成の定性的把握を行う。
(2) 推移帯において、春・秋2回にトロール調査を行い、群集組成の定量的把握を行う。
(3) 群集組成の時間的・空間的(水深等)な分布変動を把握する。
2)生物学的特性値の把握
(1) 得られた標本の体長測定の結果に基づき、群集組成の各々の種個体群の体長組成の変化等を明らかにする。
(2) 種個体群(特に優占種とされるマダラ・スケトウダラについて)の胃内容物を分析することにより、餌をめぐる種間(暖水性の魚種も含めて)の競争関係があるか、捕食−被食の関係があるのか、または、食いわけ、すみわけ等の関係があるのか、といった点を明らかにする。
3)低層環境の把握
(1) 餌生物の豊度を把握するため、ドレッジまたは桁網を用いて、またオキアミの漁獲統計資料を用いてその分布様式、密度分布を明らかにし、底魚類の胃内容物組成との関係を調べる。
(2) 底水温、底質等の物理的環境要因を把握することにより、種個体群および餌生物の分布様式との関係を明らかにする。

8.本プロジェクト終了後に期待される成果
1) 底魚資源の現状の評価について漁業から独立した情報源に基づく評価方法を確立することにより、日本の200カイリ内の底魚資源調査に汎用することが可能となる。もって、資源管理型漁業の推進のための基礎資料の提供ができる。
2) 場における種個体群の自然変動要因による変動の大きさとその変動機構を明らかにすることにより、生態系の中の種個体群に対する人為的要因による制御レベル(自然生態系にたいする人為的関与の役割の程度)を把握することが可能となり、生物資源の安定的生産技術の確立に資することができる。

(八戸支所 底魚資源研究室長)

Tadashi Inada

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