北洋からあふれだしたギンダラ!!?

稲田伊史・石戸芳男



 関西育ちの筆者の一人が初めてギンダラと出合ったのは昭和40年頃にスーパーマーケットの裏口でトロ箱に入ったまゝ無造作に解凍されているものであった。関西にまで流れこんだギンダラは当時の北洋底魚漁業の隆盛を裏付けるものであった。
 ギンダラは体が真っ黒で柔らかく,多少ぬるぬるしているため,「何か得体の知れない魚」という印象を受ける。事実,北洋で当初(昭和30年頃)底びき網で漁獲されたギンダラは投棄されていたと聞く。しかし,日本へひとたび持ち込まれると白身の上,意外と脂肪分が多いということで急速に普及し,いわば北洋の魚の代名詞のひとつにさえなる程の大衆魚となった。しかし,この10年来,北洋漁業の縮小とともにギンダラは高級魚として輸入商材のひとつとなりつつある。ギンダラはアメリカでもBlack cod(黒いタラ)といわれ,一般にはタラの仲間と思われているが,分類学上はカサゴ目ギンダラ科に属し,むしろアイナメやホッケに近い。ギンダラの文献上に基づく分布域は日本では駿河湾までの北日本の太平洋側で採集されているが、漁業資源としては日本周辺では問題にならない。アメリカの太平洋側ではカリフォルニア沖を経てメキシコ沖まで分布している。
 ところで,このギンダラが最近,東北北部の海域で底びき網漁船により混獲されだしている。昨年(昭和62年1月)に八戸市魚市場から当研究室に種名の同定に持ら込まれたことが契機で(図1の写真個体はその時のもの),その後の市場における聞きとり調査では,沖合及び小型底びき網漁船により青森県太平洋側の尻屋埼から八戸沖の水深100m付近で1隻当たり数尾から多い時で20尾程度漁獲されることがあるという。しかし,漁獲されるものは全て小型魚で,量的にまとまらないため自家消費されたり,市場に水揚げされても見なれない魚として雑魚扱いになっているようだ。八戸魚市場で入手したギンダラ標本を測定したが,鰭条数や鰓耙数などの形数形質は文献上のギンダラの記載値と異ならなかった。また,3尾の胃からはキンカジカと無足類の1種が出現した。23足の尾叉長の範囲は25〜33cmで.全て幼魚であった。このことについてギンダラの資源研究を長年続けておられる遠洋水産研究所の佐々木喬博士に問い合せた所,日本周辺における採集記録は全て成魚のみで,幼魚がこれほどまとまって漁獲されたことはおそらくないであろうとの評言を頂いた。
 その後,9月に当研究室では八戸沖の水探200〜300mで漁獲試験を実施したが,その折最近増えだしているホッケに混じってギンダラが計6尾(尾叉長43〜47cm)漁獲された。調査水域は極く限られた範囲(41・5平方キロメートル)であったにもかかわらず,これだけの尾数が漁獲されたということから青森県太平洋側に限っても密度は低いものの,かなりの量が分布しているものと推定される。因に,この時の資料を用いて青森県沖の水探200〜300mのギンダラの現存量を推定すると2・2トンという値になる。さらに,宮古魚市場の水揚げ統計を分析した結果,昭和59年から宮古を基地とする沖合底びき網漁船が岩手県沖ですでにギンダラを漁獲していることがわかった。市場統計では59年261kg,60年90kg,61年87kgで,主に3−6月に水揚げされていた。58年以前はギンダラとしての区分がないため水揚げ量が不明であり,また銘柄の記入がないので大ささもわからないが,岩手県水産試験場の話では近年になってギンダラの小型魚が漁獲され始めたとのことであった。今年に入り,企画連絡室から塩釜で昨年,ギンダラが販売されたとの連絡を受け,標本を送付して頂いたが,尾叉長29cmの幼魚であった。漁獲状況等は図2の報告書に記されている。この結果,ギンダラ幼魚は青森,岩手県沖のみならず,宮城県金華山沖まで分布していることがわかった。
 ところで,昨年から現在まで記録されたギンダラの体長(尾叉長)組成を図3に示した。図中の左側の26と29cmにモードがある群は八戸魚市場に水揚げされたもので,主として水深100〜200mで漁獲されている。他方,図中の右側の斜線を付した群は調査船により水深200〜300mで漁獲したものである。佐々木(1985)※によると左側の群が1歳魚,右側の群が3歳魚に相当する。また北海道区水産研究所に問い合せた所,釧路市場に近年ギンダラ幼魚が水揚げされたということは聞いていないとのことである。従って,年齢から判断しても北洋で生まれたものが千島列島を経由して日本近海まで回遊してきたとは今の所,考えられない。
 以上の事実に基づくと,東北北部海域にはギンダラのひとつの系群が形成されつつあるものとの想定がなりたつ。従来の知見に従えば,ギンダラは大陸斜面の深所で産卵し,卵は分離浮遊卵で,仔魚は沿岸域に流されて成育する。前述の想定が正しければ,東北北部海域の深海域には親魚のストックがあるはずで,また沿岸域にはギンダラの仔,稚魚が分布しているはずであり,今後の調査の結果を期待したい。しかし,仮にギンダラ親魚のストックが見つかったとしても,過去のメヌケ類の開発の歴史の轍を踏むことだけは避けなければならないと考えている。
 今年の冬は暖冬のため,海に何か変化が生じているのではないかという問い合せがしばしばあるが,東北北部海域では近年,マダラ,ホッケ資源が増大の傾向にあり,海の底の方は表面とは異なり,かなりの寒冷化現象がおこっているのではないかとさえ思われる。こうした環境の変化に加えて,過剰な漁獲によって空になった東北北部海域のニッチェが利用できるという好適条件に恵まれて,北洋の底魚類が資源の回復,増大とともに日本近海まであふれだしているという仮説は十分に成りたつのではないであろうか。ギンダラもこうした条件のもとに北洋から深海域を通じて親魚が分布域を南へ広げ,近年日本近毎でひとつのストックを形成しつつあると考えることはあながち夢物語として片づけることはできないであろう。
 もし,北洋から魚があふれだしていることが事実とすれば資源研究者はどのような方法で資源評価を行えばよいのであろうか。
(八戸支所 第1研究室)


 その後,北海道区水産研究所の調査により,釧路魚市場で昨年9,10月に底びき綱漁船がホッケに混じってギンダラ幼魚を水揚げしたことがあるという(若林私信)。そうすれば,ギンタラ親魚のストックは東北北部海域に限らず,北日本の太平洋側に形成されていると考える方が妥当であろう。
※佐々木 喬1985,北太平洋のギンダラ資源,JAMARC28:58−81.

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