アラメの沃野にかける夢 PARTU

谷口 和也


目  次

1.はじめに

2.初めに種苗ありき

3.アラメ群落はどのようにして成立するのか?

4.アラメ群落はどのようにして安定性を保つのか?

5.アラメが生えた!

6.おわりに



1. はじめに

 緑の沃野といわれるように,陸上の緑色植物は私達の生命を維持する基礎生産者として,直接,間接に恵みを与えてくれる。海の中で景観的に最も目立つのは多年生の大型褐藻類である。その植物群落は,微細な動物から魚類までを含む複雑豊富な生物社会を形成し,漁業生産に大きく寄与する。海の中では褐色の沃野なのである。しかし陸上に砂漠があるように,海中でも磯焼けがある。磯焼けの海を褐色の沃野へ改変することは,私たち藻類研究者の永年の夢であった。昭和55年度から始まった大型別枠研究「マリーンランチング計画」で,我が国沿岸で広域に分布し,アワビやウニなどの磯根漁業の基盤として最も重要なアラメ群落の造成に挑戦する機会を与えられた。現在6年間,第U期計画まで終えた段階で,アラメの沃野を造成することに賭ける夢とアラメの沃野の中を魚のように駆ける夢がどの程度現実のものとなったか,そしてなお解明を要する点は何かを,将来へむけての反省をこめてまとめてみたい。


2.初めに種苗ありき

 この研究が始まるまで,アラメが何年生きるか,どのように生長するかなどその生活様式は未だ良くわかっていなかった。また磯焼けの海をアラメの沃野に改変するためには,何等かの方法で種苗を供給し,育成する必要がある。そこでこれらの問題を解決していくために,まず種苗の大量生産に取り組み,種苗の移植と育成を試みた。
 アラメは,微視的な単相の配偶体と巨視的な複相の胞子体との世代交代を行う。 配偶体を速やかに増殖させ,成熟させることができれば,種苗の大量生産が可能になると考え,配偶体期の生長と成熟に関する水温と光条件を検討した。その結果,配偶体は水温16〜20℃,照度2〜5klux,12〜16時間照明では6〜10日で卵と精子を形成するが,水温21〜24℃の場合では体細胞分裂のみを繰り返し,短期間で大量に増殖することがわかった。水温と光条件によって配偶体の生長と成熟を制御し,大量増殖と胞子体の採取を任意にできるようになった。
 人工的に生産されたアラメ種苗が果して磯焼けの海で生育できるか,生育できないとすればその要因は何か。松島湾の磯焼け海域の2ヵ所で1982,1983年の12月に種苗糸を海底や投入したコンクリートブロックに巻きつけて観察してみた。その結果,磯焼けの海でもアラメは生育できるが,植食動物とりわけエゾアワビとキタムラサキウニの集中的な増集と摂餌によって単葉の当歳期のうちに消滅することが明らかになった。また植食動物の駆除を継続することによって生育できたアラメは,1年余りたった2〜4月に茎葉移行部で二叉して成体となり,10月には葉片に子襄班を形成して最初の成熟を迎えた。
 成体となってからの生存期間や生長様式を知るため人工種苗の観察を続けていては時間がかかるし,標本も十分に得られない。そこで寿命や年齢を確定するために,常磐沿岸と牡鹿半島沿岸2カ所のアラメ群落から採集した個体の枝の長さの組成を求めた結果,5群の正規分布曲線に分解できた(図2)。各分解群は,松島湾の2カ所で1年間標識して観察したアラメの枝長の変化と近似した平均枝長をもっていたので年齢群とみなされた。各群は,単葉の当歳期から算えて,それぞれ満1〜5年群に相当する。満5年群の枝長を超える個体もあったので寿命を満6年と推定した。年齢と枝長との関係は,Y=3.54X−1.41(γ=0.98)の式で示される。
 枝長が年齢に対応する形質とみなされたので,枝長と全重量との関係を牡鹿半島沿岸における3カ年の調査にもとづいて季節的に把握してみた。その結果,全重量は,どの枝長の個体においても8月に極大,2月に極小値を示し,校長12cm以上(満4年以上)の個体では,ほぼ同じ値だった。また茎状部重量は年齢群毎にほば一定だった。従ってアラメの季節的変化は葉状部の生長速度によるが,満4年以上では同じ生長速度になること,茎状部については年齢にともなって増大していくことなどが明らかになった。葉片に子襄班をもっている期間を同時に観察した結果,満1年の個体では10〜3月,2年以上では9〜3月だった。アラメの成熟期は大凡10〜3月とみなして良い。
 以上のようなアラメの生活様式を図3のように整理できるが,今後満4年までの葉片の増大並びに更新の過程を詳細に把握し,加齢にともなう生長速度の変化として更に明らかにする必要があると思う。


3.アラメ群落はどのようにして成立するのか?

 アラメは大形で,満6年と長い寿命をもっているので,比較的安定した群落を形成する種とみられる。それではどのような条件と過程で成立するのだろうか。磯焼けの海にアラメ群落を造成するのは,天然におけるアラメ群落の成立過程を再現することではないのか。自然に学ベ!
 ところで群落とは果してどの程度の規模なのか,木を見て森を見ないようでは困る。それは地方的個体群を維持できる規模,多分1haの規模は必要であろう。そこで常磐沿岸のアラメ群落を対象に1980年から1982年の3年間,7〜8月の現存量の年間極大期に系統抽出法で調査した。
 1980年にはアラメは水深0〜4mにみられ,2m以浅で密度,現存量が高かった。密度に対応して分布様式は,2m以浅ではランダム分布,以深では強い集中分布だった。1981年には当歳群の多数の萌出がみられ、分布水深も6m近くまで拡大,1982年になると2m以深でも密度,現存量が著しく上昇し,ランダム分布に近づいた。つまり1982年には2〜6mの範囲でも以浅と同様なアラメ群落が成立したのである。
 優占種は,2m以浅では3年間かわらずアラメだったが,以深では当初フクリンアミジ,1981年にはワカメ,1982年にはアラメヘとかわった(図4)。他の海域における結果とあわせて,アラメ群落の成立に至る遷移系列を生活形で整理すると,無節サンゴモ,殻状海藻の初期相(磯焼け)から,フクリンアミジなど小形一年生海藻による途中相T,ワカメ,アントクメ,コンブなど大形一年生並びに寿命の短い大形多年生海藻による途中相Uを経て,アラメのような寿命の長い大形多年生海藻による極相に達する。遷移系列は,階層からみれば小形から大形へ,寿命からみれば短命から長命へと進行する。遷移の進行には植食動物の摂餌圧の影響も大きい。摂餌圧が高ければ,しばしば初期相の状態が長期に持続する。またフクリンアミジ優占群落には値食動物が極端に少ないことから,植食動物の忌避物質の存在が想定されている。想定が正しければ,途中相Tは,植食動物の摂餌圧を排除することによって,以下の相へ進行する条件をなしていると思う。フクリンアミジなどは,続く大形海藻の出現によってまたたく間に消滅してしまう。途中相のTからUへの進行は階層が,途中相Uから極相への進行は寿命が最も主要な条件である。このような遷移の進行は,海況条件と密接に関連している。常磐沿岸で比較的長期に持続していたとみられる途中相TがUに進行した1981年には親潮第1分枝が著しく強勢で,異常冷水現象が発生した。このことによってワカメの大量繁茂とその下層にアラメ当歳群の多数の萌出がみられ,1982年には極相に達したと考えられる。ワカメなどはアラメ当歳群に対する植食動物の摂餌圧を吸収する役割を果したのではないか。このような遷移系列の考えは,後述する海中造林の手法に導入された。


4.アラメ群落はどのようにして安定性を保つか?

 仮にアラメ群落の造成に成功したとしても,安定して維持できなければ,元の木阿弥である。アラメ群落は,どのような機構で安定性を保っているのだろうか。ここでも “自然に学べ”の姿勢をもつ必要がある。アラメ群落の安定性は,年齢組成と密度の変化を明らかにすることによって推定できると考えた。そこで牡鹿半島沿岸の水深0〜8mまでにみられるアラメ群落のうち,成体群密度が最も高い水深4mと比較的低い7mに2×2mの永久方形枠を置き、枠内の成体アラメに標識を施し,枝長と個体数,並びに当歳アラメの個体数を3年間,ほぼ毎月計測した(図5)
 当歳群のアラメは,1〜8月に萌出し,9月から減少を始める。翌年1月までの減少は,枯死脱落により,2月以降は主として茎葉移行部で二叉して成体群に加入するためである。この3年間で特徴的なことは,1984年群の萌出量が著しく高いことである。1984年は,1981年と同様,親潮第1分枝が著しく強勢な異常冷水現象の発生年であった。同年には東北地方沿岸各地で,マコンブ,ワカメの大繁茂やアラメの多数の萌出が報告された。アラメ群落の成立に及ぼす親潮第1分枝の勢力の重要性がここでも確認された。海況変動に対応して数年に1度みられる当歳群の多数の萌出がアラメ群落の成立に寄与するとともに,安定性を保つ上での最も主要な条件になっていると思う。
 1984年群の9月から翌年1月にかけての枯死脱落量は,水深4mで著しく多く,7mでは少なかった。枯死脱落量の相違がそのまま成体群への加入量につながり,1985年10月には両方形枠内の成体群密度の逆転をきたした。枯死脱落期間における両方形枠内の成体群は,密度ではほとんど違いがないとはいえ,枝長から推定された年齢組成をみれば,水深4mで満4年以上の高齢群の占める割合が高かった。従って高齢群の葉冠による群落下層の照度低下が当歳群の生育を阻害し、枯死脱落量の増加をもたらすものと推察される。このことは既存の成体群の年齢組成によって後継群の形成が左右されることを意味する。一方,アラメ群落は,常磐沿岸でも,牡鹿半島沿岸でも,ha規模でみれば総ての年齢群を含む全齢個体群である。従ってアラメ群落は年齢組成の異なった幾つかの小区画から成り立っており,高齢群密度の高いところでは後継群の形成が少なく,低いところでは多くなることによって全齢個体群として安定性を保っていると思う。成体群は1年間に3分の1から2分の1が桔死脱落していくので,枯死脱落量に対する当歳群の萌出量がアラメ群落を安定させる上で最も重要な条件となる。


5.アラメが生えた!

 造林実験漁場として松島湾外の船入島北方に開口する小湾を選定した。水深3〜7mのところに,1982年8月には湾奥部に10基,1983年8月には約1000uの範囲に200〜700kgの天然石を敷きつめた上に73基のコンクリートブロックによる造林礁を設置し,浮子によって中層に張った縄で連結した(図6)。天然石は海底に転石帯もみられたので海藻の生育にとって安定した基質に置換するためと,アワビ・ウニの生育場とするために,造林礁は化繊糸による種苗移植をはかるために用いられた。
 1982年の造林礁には12月にアラメ種苗の移植を行い,5基については成体になるまで周辺の海底を含めて毎月徹底した植食動物の駆除を行った結果,現在では満3年群の群落となった。駆除を行わなかった5基については当歳期のうらに大部分消滅した。また当歳期には波浪による種苗の脱落がみられたので,確かな固着をはかるために弾性をもたせた特殊撚糸(旭化成製)を開発し,種苗生産の工程化をはかった。また好適な着生面を確保するために植食動物や固着動物の駆除機と弾性撚糸による種苗移植のために海中播種機を新潟鉄工所と共同で開発した。
 当歳期の枯死脱落による減耗を防ぐことができないにしても,植食動物の摂餌による減耗を抑制することが決定的に重要であり,技術的にも可能であると思う。このため1983年の造林礁への種苗移殖こ際しては,遷移の途中相を人為的に再現させる目的で,ワカメ,マコンブ種苗をアラメと同時に移植した。生長の速いワカメ,マコンブによって造林礁への植食動物の這い上りを防止する効果も期待した。また中層に張られたロープにもマコンブ種苗を移植した。
 ワカメ,マコンブは期待通りの生長を示し,植食動物の這い上りを防止したものと思う。アラメは1984年の異常冷水現象の影響があってか,生長が著しくおくれた,造林礁にアラメが多数生育しているのを確認できた時は,思わず「アラメが生えた!」とつぶやいたものである。7月には38個体/uとなっていた。その後,天然のアラメ群落と同様,秋季の減耗が著しく,翌1月には6個体/uになり,1986年8月現在では1〜2個体/uの満2年群がみられる。また後継群として1986年群が約10個体/uみられている。造林礁周辺の海底にもアラメ,マコンブの生育が確認された。造林礁に入植した海藻は,造林前の35種よりはるかに多く43種を算えた。被度の変化でみると当初多かった一年生海藻のアナアオサが減少し,ツノマタ,アカハダなどの多年生海藻が増加しているので,この点からも遷移が進行しているとみなして良い。
 アラメが生えた。実験漁場の海藻の生産力は,磯焼けの状態に比べると確かに著しく高くなった。年間純生産者量は,1984年7月から1985年6月までの試算では,湿重量でワカメ5t,マコンブ2t,アラメ0.2tとなっている。アラメの生長によって現在では更に高い生産力をもっていると思う。しかし天然のアラメ群落の年齢組成の複雑さと比べて,未だ安定したとは言い難い。天然に萌出する量には年変化が大きいので,今後とも人工種苗の移植を続ける必要がある。そのため,海底地形や流動環境の把握の下に大量生産が可能な配偶体や初期胞子体の大量散布も検討してみる価値がある。またアラメ群落では,満4年群を越えると生産力が低下すると考えられ(図3)、高齢群の葉冠による群落下層の照度低下が後継群の生育を阻害すると推察されたので,高齢群や高密度域での間引きによる後継群の生長促進など密度管理が必要になるのではないか。今後ともアラメ群落の変動をモニタリングし,技縮的な対応をはからねばならない。更に造林漁場ではアワビ種苗の放流が実施されたため,他の植食動物も含めた管理も重要な課題である。


6.おわりに

 この小文を書いていて,マリーンランチング計画に関わった多くの人達の顔が浮かんでくる。御指導と御協力,そしてはげましを与えてくれた人達。”アラメの沃野へかける夢”が幾らかでも現実のものとなったとすれば,それはこの研究に関わった多くの人達の御指導と友情の賜物である。尊敬の念をこめて,深く感謝したい。
 海中造林の研究は未だ日が浅く,対象とされる海藻の生物学的特性も不明な点が多い。今後ともと自然に学べ”と自らに言いきかせつつ,我が国沿岸が褐色の沃野にかこまれた豊かな海となるよう微力をつくしたいと思う。
(増殖部藻類研究室)

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