底魚資源管理へのひとつの提案─挨拶にかえて─

稲田伊史



 八戸支所に赴任して間もないある日、水研若手研究者に自己紹介をした折、“エー!東北水研にも底魚資源研究をやっている人がいるのですか”との返答。これは生やさしいショックではありませんでした。研究分野が異なると東北の海には底魚はいないと思われるのかも知れませんが、ある意味では事態の深刻さを改めて痛感した次第です。
 ところで仕事を始めて早々、研究基本計画の対策の中で「底びき網漁業資源の管理手法の検討」という課題があり、今までの方法では駄目なのかと、これにも驚きました。200カイリ論議の当時、海の生物は国境に関係なく移動するので、200カイリで囲っては資源管理ができなくなると考えていたのですが、今となっては考え方が甘かったと言わざるを得ません。資源管理に関連して現在、「管理型漁業」が模索されていますが、どうもこれが指向しているものは極く沿岸域の移動性の少ない魚介類を対象とした小規模なものに限られ、沖合の底魚資源の管理については本格的な論議はあまりなかったように思われます。これは対象資源が複雑なこともありますが、むしろ漁業の方のコントロールが因難だという前提に当惑しているためだと思われます。
 ところで底魚類の資源研究は変動の単位である種個体群の生態を中心に進められており、今なおその途上にあるわけですが、これらの成果が総合されるまでにはまだかなり年月を要するようです。これは研究の目的が個別資源の最適漁獲量を見つけ出すことにあり、現在の手法では歪みのある漁獲統計に頼らざるを得ないとか自然死亡係数の推定といった困難な問題がネックとなっているためと考えられます。そこで研究目的を「最適」ではなく、現在の資源状態から判断して「適正」な値を見つけ出すという所に置いてみるとアプローチの仕方も変わってくるのではないかと考えます。すなわち、現在の資源水準を少しでも引き上げようというわけです。
 研究対象として沖合底魚は@複数の個体群が場を共有しながら複雑な関係を持って生活している、A個々の資源の分布状態と季節変化をおさえ、それらを類型化することが比較的容易である。B環境変動の幅が小さいため、漁獲という要素を除けば資源量の年変動が小さいといった特性を持ち、まだ利用する漁法も比較的限られています。これらの特性を持つ研究対象に対して、個別的でなく全体的に資源状態を評価する方法として「面積計算法に基づくトロールによる資源量調査」が考えられます。この方法には@漁業を通さないで直接的に資料を得ることが出来る、A複数の資源の現存量を即時的に把握できる、B具体的な数字で資源評価ができるといった特徴があり、「資源量と漁獲量の経年変化の対比」等から管理方式を開発することも可能ではないかと考えています。この方法にも船や漁具、さらには調査海域の設定等に問題点がありますが、ある前提条件のもとでは全国の沖合底魚資源を統一的に把握することも可能となり、またこの調査から得られる資料を解析することにより、個体群の年齢組成や食物関係等も明らかにすることができるとものと思われます。さらには漁業者には、いま利用している部分が対象資源のどの部分の何%であるかといった具体的数値を示すことにより、利子どころか元金まで食いつぶしていることが理解されれば、漁業者自ら漁獲のコントロールをしてくれるのではないか・・・等々、夢はふくらむばかりです。このための調査体制は、例えば研究者が調査計画を立案し、漁業者が1年のある時期、いっせいに調査し、その資料を研究者が解析し、その得られた結果に基づいて行政担当者と漁業者側が協議し資源の回復を図るといったフローチャートが描けるはずですが、ここまでくると夢のまた夢という所です。
 “こんなことを今さら言わなくても、とっくの昔から皆わかっている”と諸先輩方から御叱責を受けそうですが、この拙文がどん底の沖合底魚資源の再生により、うまい魚を安く食べられるための論議の発端になってくれれば、冒頭に述べたような素朴かつ正直な疑問も聞かれなくなるのではないかと考えている次第です。
八戸支所第1研究室長

Tadashi Inada
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