特研「暖水漁場」2年目を終えて

奥田邦明



 2回目の推進会議を目前に控え,肩をほぐすつもりで気楽に「暖水漁場」のこれまでの成果を振り返ってみたいと思います。既に水野恵介氏が「暖水漁場」の紹介を行っており(東北水研ニュース27号)ますが,彼の記事を参照しながらこの拙文を読まれる方は恐らくいらっしゃらないと思いますので,重複するかも知れませんが,ここでもまず東北水研海洋部が担当している課題の内容を簡単に紹介することから始めます。 
 夏から秋にかけて,三陸海域にはマサバ・マイワシ・スルメイカ等の好漁場が形成されます。これまでの経験から,これら浮魚類の漁場は本特研で暖水と呼ぶ水平スケールが数キロメートル〜数10キロメートル,厚さが数10メートルと予想される小暖水域に形成されることが知られており,漁場探査の一応の目安とされてきました。しかしながら,暖水は短時間のうちに大きく変動するため,その実体はまだほとんど掴めておらず,実際の漁場形成の予測は漁業者の経験と勘のみにたよるという状況が続いています。本特研の目的は,暖水の海洋構造及びその変動特性を人工衛星熱赤外画像の解析,調査船による海洋観測,理論解析,水理模型実験等により総合的に解明し,最終的には人工衛星画像だけから漁場の短期変動を予測し得る技術を開発しようというものです。
 本特研が始まるまで,暖水に関する知見は皆無に近い状況でしたから,初年度に私達が研究室で交わした議論のテーマは,専ら「暖水って何だべ?」でした。2年目を終った今,この疑問にある程度答えることができるようになったと同時に,漁場の短期予測手法に関しても簡単な処方箋なら書くことができるようになったと思っています。
 これまでの研究で得た最も重要な成果は,津軽暖流は1〜2週間程度の短時間のうちに大規模な変動を起しており,三陸海域のマサバ漁場はそれに伴って大きく移動していることが明らかになったことだろうと思います。図にこの津軽暖流の短期変動の一例を模式的に示しています。この図は海洋観測の裏付けのもとに,衛星画像から作ったものです。1984年11月5日から11月16日の間に,津軽暖流は11月5日の下北半島東方に ひとつの顕著な張り出し域を持つ構造から,11月8・ 9日の張り出し域の分裂期を経て,11月16日の下北半 島東方と三陸中部海域の2か所に張り出し域を持つ構造へと変化しています。また,マサバ漁場については漁場域の詳細な海洋観測を行い,漁場が親潮水の表層を津軽暖水が薄く広がる海域に形成されていることを明らかにすることができました。昨年(1985年)も詳細な津軽暖流及び漁場の調査を行い,ここで述べた津軽暖流の短期変動及び漁場域の海洋構造の特徴が一般的なものであることを確かめることができました。
 漁場の短期変動に関してほとんど知見のなかった以前の状況を考えると,上に述べた結果は貴重な成果だと思っていますが,本特研の最終目標は予測であり,最終年度にあたる来年度には,漁場の短期予測技術の開発を行わなければなりません。この点おおいに不安を感じているところですが,これまでの結果から一応次のような方針を考えています。
 マサバ漁場は親潮さし込み域先端付近の暖水域に形成されることが分ったわけですから,親潮さし込み域がどこに形成され,どのように変動するのかを明らかにすれば,漁場の予測が出来ることになります。しかし,もう少し立ち入って,親潮さし込み域がどうして形成されるのかを考えれば,それは津軽暖流に原因があることが分ります。マサバ盛漁期の三陸沿岸域で最も大きなエネルギーを持つ海洋現象は津軽暖流であり,親潮水の挙動は津軽暖流の動向に強く支配されています。実際,親潮さし込み域は親潮水が津軽暖流張出し域下部にまきこまれるような形で形成され,張出し域の変動に伴って移動します。つまり,漁場の短期予測にとって本質的な課題は,津軽暖流の変動をどのようにして予測するのかということになります。
 もし,津軽暖流の変動過程を理論的に予測する手法が見つかれば,この問題に完全にカタをつけることができますが,現在のところ,それはほとんど不可能です。しかし,幸いなことに,はその1例ですが,過去2年の研究により,津軽暖流がどのような過程を経て変化してゆくのかについて,観測事実に基づいた経験的な知見が蓄積されてきており,それらから津軽暖流の変動過程にはかなり規則性があることが分ってきました。今では,津軽暖流域の衛星画像が得られると,張出し域の水温パターン等から,その時,津軽暖流が短期変動過程のどの場面にあるのか,そしてその後どのように推移してゆくのかをある程度推測することができます。まず私達がしなければならないことは,このような観測事実に基づいた津軽暖流の短期変動に関する知見を,予測という観点から整理することだろうと思います。ただ,私達に与えられた期間はわずか3年であり,その間に出会うことのできる現象は複雑な海洋変動現象のほんの一部にすぎません。従って,どの程度一般性を持つ予測手法を開発できるのかは,3年間に出会った現象を通じて,三陸海域の海況変動の普遍性をどの程度学びとることができるのかにかかっていることになります。
 今のところ予測手法の開発に関して明確なことを述べることはできませんが,漁場変動が津軽暖流の短期変動に支配されているという知見が得られたことから,少なくともこの課題は解決の方向に動き出したということができると思います。困難と思われる課題が,ちょっとしたきっかけで,急速に解決してゆくということはよくあることですが,「暖水漁場」も漁場の短期変動予測の発展の契機となってくれればよいと願っているところです。
(海洋部・海洋第1研究室)

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